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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)3220号 判決 1985年7月16日

原告

折原義人

右訴訟代理人弁護士

大原誠三郎

小田切登

笠原俊也

関谷巖

被告

株式会社冨士工

右代表者代表取締役

日高勲

右訴訟代理人弁護士

畑口紘

川下宏海

大塚喜一郎

池内精一

右訴訟複代理人弁護士

栗原浩

主文

一  被告は原告に対し金七〇〇万円及びこれに対する昭和四九年五月一一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二億四七一四万三三七七円及びこれに対する昭和四九年五月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙第一物件目録記載(一)、(二)の各土地(以下本件土地という。)をその所有者である山崎幸子から賃借し、昭和四六年一月以前から同地上に工場(以下旧工場という。)を所有し、その工場を原告の経営する大田機械製造株式会社(以下大田機械という。)に賃貸し、使用させていた。

被告は昭和二一年八月頃設立された土木建築総合請負その他を目的とする株式会社である。

2  原告は昭和四六年一月八日、被告との間で左記内容の工事請負契約(以下この工事を本件工事といい、この契約を本件契約という。)を締結した。

(一) 注文者 原告

(二) 請負人 被告

(三) 工事内容 本件土地上にある前記旧工場を取り壊し、別紙第二物件目録記載の建物(以下本件ビルという。)を建築する(設計、建築確認申請手続を含む。)。

(四) 工期 昭和四六年四月一日着工、昭和四七年三月三一日完成。

(五) 請負代金 一億四五〇〇万円

(六) 代金支払方法

(1) 昭和四六年一月一一日 二〇〇万円(現金払)

(2) 同年同月二〇日 三〇〇万円(現金払)

(3) 同年四月八日 二五〇〇万円(現金払)

(4) 完成引渡時 四五〇〇万円(内一〇〇〇万円については、引渡の時より一〇〇日後を満期とする手形払、内三五〇〇万円については、引渡の時より三〇日後を満期とする手形払)

(5) 残金七〇〇〇万円については、原告が住宅金融公庫から融資を受け、工事出来高に応じて支払う。

(七) 特 約

(1) 施工のため、第三者の生命・身体に危害を及ぼし、財産などに損害を与えたとき、又は第三者との間に紛議を生じたときは、被告がその処理解決に当たる。

なかんずく、本件建築に関し、日照問題が発生する余地のないことを、被告は原告に保障し、万一右問題が発生しても、被告がこれを解決する。

(2) 次の各号の一に当たるときは、原告は工事を中止させ、又は契約を解除することができる。この場合原告は被告に損害の賠償を求めることができる。

イ 被告が正当な理由がなく、着手期日が過ぎても工事に着手しないとき。

ロ 工程表より著しく工事が遅れ、工期内又は期限後相当期間内に、被告が工事を完成する見込みがないと認められるとき。

ハ 被告が本件契約に違反し、この違反によつて、契約の目的を達することができないと認められるとき。

(3)イ 契約を解除したときは、工事の出来形部分と検査済の工事材料(有償支給材料を含む。)を原告に引渡すものとして、原、被告が協議して清算する。

ロ 原告が前記(2)により契約を解除したときは、清算の結果により過払いがあるときは、被告は過払額についてその支払いを受けた日から利子をつけて原告に返す。

3  本件工事の施行経過

(一) 被告は昭和四六年三月二四日、旧工場取り壊し工事を開始したが、同月二五日ころ、右取り壊し工事のほこりが本件土地の西隣りにある栗田武夫方製麺所に飛び込むという事故が発生し、右栗田を始めとする本件土地周辺の住民の感情を刺激する結果となり、本件ビル建築計画に対して住民から反対の声が出始めた。

(二) 右反対住民の代表的な者は、栗田のほか、本件土地の北隣りにある共立大田診療所を経営する斉藤隆三、本件土地の東隣りにある木型屋を経営する後藤幸善らであり、同人らは、本件ビル建築工事を阻止すべく東京都庁に陳情を始めた。そしてその反対理由は①本件ビルが建築されると、周辺住民の日照権が侵害されること、②本件ビルが建築されると、その窓の位置により周辺住民の家庭内のプライバシーが侵害されること、③本件工事により工事騒音及び粉塵が発生すること、が主なものであつた。

(三) 被告は同年二月一五日頃、本件ビルについて建築確認申請をしたが、被告は右申請に際し、作図上の計算の誤まりから、敷地からはみ出すように本件ビルの設計をし、その図面を添付したので、本件ビルにつき、本件土地からはみ出すような建築確認が同年三月末日なされた。

(四) 原、被告と住民は同年四月五日に第一回、四月二二日に第二回の話合いを持つた。右第二回の話合いの際には、住民から、①本件工事開始に先立つてなぜもつと早く近所に挨拶廻りに来ないのか、②一〇階建は高過ぎるので、建築の変更をして欲しい。風害や子供のくる病が出る、③本件ビル建築により、伏流水に異常を生じ、周辺の建物が傾斜する、④地下三八メートルの杭打ちは相当の振動があり、又一年間も工事中道路を掘り起こしては、近所が迷惑する、⑤粉塵の公害、工事中の騒音公害の手当をどうするか、⑥住民との間の話合いがつくまで本件工事を中止せよ、等の主張がなされた。これに対し原告は、既に申請し、許可を受けた公庫、銀行の借入れの返済計画上、階数を減らすことは採算がとれなくなること、日照、風害の問題は余りなく、実害については補償する等回答し、被告も技術的に被害を少くする旨説明し、了解を求めたが、住民は納得しなかつた。

(五) 四月二八日、東京都は住民に対し、本件工事の中止命令は出せない旨回答し、同年五月一日、被告は本件工事を開始した。ところが同日午前一一時ころ杭打ちを始めると、共立大田診療所から抗議を受け、結局当日は杭一本を打つにとどまつた。

(六) 原・被告と住民は五月六日に第三回、同月一二日に第四回の話合いを持つたが、双方の合意には達しなかつた。

(七) 被告は五月一七日、原告の要請で本件工事を再開したが、同日午前八時三〇分、杭打ちを始めると、後藤を始めとして多数の住民が本件土地内に侵入し、工事現場に座り込みを始め、工事の通行を妨害した。そこで原・被告は実力で座り込む住民を排除し、杭三本を打込んで当日の作業を終了した。

(八) 被告は五月一八日オーガーをかける作業を為し、翌一九日午前四時三〇分、パイル車を現地に搬入したところ、後藤や、共産党所属の区議会議員松原忠雄ら数名が本件土地内に座り込みを始め、パイル車の前部泥よけ附近をつかんで妨害していた田村孝司の指を被告の従業員が外しにかかつたところ、田村が後ろにのけ反り、軽いショックを受けるという事故が発生した。そのため、工事は中止され、後日、原告と被告代表者馬場梅吉は、田村から殺人未遂で告訴された。

(九) 五月二一日午前五時頃、被告はレッカー車を本件土地に搬入しようとしたが、近隣の住民が動き出して工事現場北側の門にピケを張り工事を妨害した。従つて被告は実力で妨害を排除しなければ工事を開始できない状況にあつたが、被告は原告に対し、車の誘導は原告でやれ、現場の工事は被告でやると言い始めた。

そして、同日の大田区議会で共産党所属の織田純忠議員が、「被告は、大田区の指名業者であり、大田区民センターの建築を請負つているが、本件工事で区民に暴行し怪我をさせており、これは断じて許せない、被告を区の指名業者から外せ」と区長に迫つたこともあつて、被告は急拠本件契約破棄の方向を探り始めた。そして、同日被告は原告に無断で、住民に対し、本件工事による住民の被害の補償問題が解決するまで本件工事に着手しない旨の密約の念書を差入れた。

(一〇) 五月二六日午前五時三〇分頃、被告は原告の督促により、パイル車を工事現場附近に進行させたが、被告は最初から作業をする気がなく、住民と内通していたらしく、パイル車到着前には既に附近住民が門前にピケを張つており、原告が右パイル車の誘導を試みたが、パイル車の運転手はこれに応じず、結局工事は開始されなかつた。そして同日ころ被告は原告に対し、原告が既に被告から引渡を受けていた本件ビルの建築確認書を「一寸拝見」と言つて持ち去つた。

(一一) 五月二七日、被告は原告の反対にも拘らず、本件工事現場からの撤去を計画し、右撤去のためにレッカー車を本件工事現場に搬入した。そしてテント、足場を取り外し搬出した。そして翌二八日、被告は杭打機も搬出し、完全に工事を中止し、以後原告の再三の工事再開要請にも拘らず工事の再開を拒否した。

(一二) 被告は同年一二月下旬頃、周辺住民から被告宛の本件工事中止の要請文書を積極的に集め、本件契約不履行の正当事由の資料を自ら作出する行動を開始した。

(一三) 原告は昭和四七年二月四日到達の同月二日付内容証明郵便により、被告に対し本件契約を解除する旨の意思表示をし、被告は同月二七日到達の同月一七日付内容証明郵便により本件契約の解除を承諾した。

(一四) 原告は同年三月三日、本件土地の周辺住民で、本件ビル建築に反対し、現実に本件工事を妨害した後藤外一一名を債務者として建築妨害行為禁止仮処分命令の申請をした(東京地方裁判所昭和四七年(ヨ)第一〇九五号)が同事件の審尋に際して実施された裁判所の本件工事現場の検証において、前記(三)記載のとおり被告が原告の代理人として為した本件ビル建築確認申請において、本件ビルの設計が、本件土地から隣地にはみ出すように為されていたため、本件ビルにつき、本件土地からはみ出すような違法な建築確認がなされていることが判明し、そのため原告の右仮処分申請は却下された。そして、原告は被告以外の業者に請負わせて本件工事を続行することもできなくなつた。

4  被告の債務不履行責任

(一) 前記2(七)(1)記載のとおり、被告は本件工事により本件土地周辺住民等の第三者に危害を及ぼしたり、あるいは右第三者との間で日照問題を含む各種紛議を生じさせた場合は、自らの責任においてこれを解決し、本件工事を完了すべき契約上の義務を有する。日照問題を含む各種紛争の解決義務が被告にあつたことは次のとおり明らかである。

すなわち、本件契約当時、日照問題その他高層ビル建築をめぐる種々の紛争が各所で発生し、周辺住民の反対運動も新聞報道されていたので、原告は本件ビル建築に際し、日照問題その他の紛争の発生の可能性について不安を覚え、本件契約を結ぶに当たり被告に対し右の点を相談したが、被告は、「本件土地にビルが建築できないのであれば、東京都内にビルを建てられるところはない。本件土地では日照問題は起こり得ない。本件ビル建築をめぐる各種紛争の解決はすべて専門家である被告に任せて、施主である原告は代金さえ支払えばよい。」旨述べた。そこで、原告は被告と本件契約を締結することを決意したのであり、本件契約上、被告が日照問題を含む各種紛争の解決義務を負つたことは明らかである。

(二) しかるに被告は、前記3(一)記載のとおり、旧工場取り壊し工事の不手際から、工事のほこりを栗田方製麺所に飛び込ませて本件ビル建築に対する周辺住民の感情を刺激し、本件ビル建築計画に対する反対運動に火を付け、その後の住民の工事妨害行為に対しては、妨害行為禁止仮処分申請をする等の適切な妨害排除措置を何らとることなく、かえつて、前記3(九)記載のとおり住民との間で本件工事による住民の被害の補償問題が解決するまでは本件工事に着手しない旨の密約を交し、前記3(二)記載のとおり本件工事現場からテント、足場、杭打機械等を撤去し、昭四六年五月二八日、完全に工事を中止し、以後再三にわたる原告の工事続行要求に対して、これを拒絶する意思を明らかにした。

(三) 右被告の行為は前記2(七)(1)記載の特約に違反し、同(七)(2)ロ、ハ記載の特約の要件に該当するものである。なお、仮に前記2(七)(1)記載の特約に日照紛争解決義務が明示されていなかつたとしても、本件工事においては、被告は、設計・施工全部を原告から請負つているのであり、日照問題の起こらぬように設計の段階で検討し、万一日照を理由とする反対運動を起こつても、被告が解決できるような設計をすべき請負契約上の義務を負つているというべきであるから、前記2(七)(1)記載の特約の紛議解決義務の中には、日照紛争解決義務も含まれていたと解すべきである。

(四) また、被告は、前記3(三)及び(一四)記載のとおり、本件ビルにつき作図上の計算の誤りから、本件土地からはみ出すような設計をし、その図面を添付し建築確認申請をしたが、右申請の瑕疵は、補完できたとしても、工期内又は期限後相当期間内に工事が完成する可能性を失わせるものであるから、前記2(七)(2)ロ記載の特約の要件に該当する。

(五) 前記2(七)(2)のロ、ハ記載の特約は、典型的な請負人側の債務不履行の事実を類型化して、解除権発生の事由としたものであるから、右(二)、(四)記載の被告の行為が本件契約の債務不履行となる((二)記載の行為は履行放棄、(四)記載の行為は不完全履行)。

5  契約解除

(一) 被告は昭和四六年五月二八日、完全に本件工事を中止したので、原告は被告に対し、再三にわたり工事続行を催促し、更に同年六月一一日到達の書面によつて、工事再開を四日以内に行なうよう要求したが、被告はこれに応じなかつた。

(二) そこで原告は被告に対し、昭和四七年二月四日到達の書面により、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

そして更に原告は被告に対し、昭和四七年九月九日到達の書面によつて、右解除が約定解除権(前記2(七)(2)記載の特約に基づくもの)に依拠してなされたことを通知した。

(三) 従つて、本件契約は昭和四七年二月四日、右約定解除権の行使により解除されたものであり、仮に同日の約定解除権の行使に何らかの問題があつたとしても、遅くとも同年九月九日には約定解除権が行使され、本件契約は解除されたものである。

右解除権の行使が約定解除権の行使とは認められないとしても、右解除の意思表示は被告の債務不履行を理由とする法定解除権の行使と転換評価されるべきものであるから、本件契約は右法定解除権の行使により解除されたものというべきである。

6  過払金(一〇九二万一六四二円)

(一) 原告は被告に対し、本件契約に基づく請負代金として、昭和四六年一月一一日二〇〇万円、同月二〇日三〇〇万円、同年四月八日二五〇〇万円、合計三〇〇〇万円を支払つた。

(二) 本件ビルの設計費は二九一万三三一九円であり、被告が本件工事を放棄した時点での工事出来高は別表(一)記載のとおり合計三二三万六〇〇〇円である。

(三) 従つて、支払代金額三〇〇〇万円から右設計費と工事出来高の合計六一四万九三一九円を控除した残額二三八五万六八一円が過払金となる。

(四) ところが被告は、独自の計算に基づき、過払金として一二九二万九〇三九円を東京法務局に供託した。そこで、原告は、被告に対し、昭和四九年四月二二日到達の書面で、右供託金を原告の過払金返還請求債権二三八五万六八一円の一部に充当して還付を受ける旨通知し、同月三〇日、東京法務局に対し、右の趣旨を付記して供託金還付請求をなし、同日、右供託金の還付を受けた。

(五) 従つて、原告の破告に対する過払金は、右還付金額をも控除した一〇九二万一六四二円になる。

7  損害額

(一) 請負工事代金の値上りによる損害金(九五三四万八一三三円)

(1) 原告は昭和五四年四月一二日、長谷部建設株式会社との間で左記内容の工事請負契約(以下新契約という。)を締結した。

イ 注文者 原告

ロ 請負人 長谷部建設

ハ 工事内容 別紙第三、第四物件目録記載の建物を建築する。

ニ 請負代金 別紙第三物件目録記載の建物につき一億九六〇〇万円、同第四物件目録記載の建物につき二一〇〇万円。

(2) 新契約の請負代金の総額は二億一七〇〇万円であり、別紙第三、第四物件目録記載の建物の延べ建築面積は合計二〇一一・五六四平方メートルであるから、新契約による別紙第三、第四物件目録記載の建物の建築費の一平方メートル当り単価は、延べ建築面積で請負代金総額を除した一〇万七八七六円である。

(3) ところで、本件契約の請負代金の総額は一億四五〇〇万円であり、本件ビルの延べ建築面積は二三九七・六二五平方メートルであつたから、本件契約による本件ビルの建築費の一平方メートル当り単価は延べ建築面積で請負代金総額を除した六万四七六円であつた。

(4) 従つて、建築費の値上がり額は、一平方メートル当り四万七四〇〇円であり、この金員は被告の本件債務不履行により、新たに出費を余儀なくされたものであるから、右値上がり分に新契約の建物の延べ建築面積を乗じた九五三四万八一三三円が原告の損害となる。

(5) 原告が、被告との本件契約を解除した昭和四七年二月当時、それまでマンション建築費が年間約二・四八パーセント程度の緩やかな上昇を示していたのが、昭和四七年に入るや卸売物価が急騰し、その年年八・五パーセントという驚異的上昇率を示し、俗に超インフレと言われた時期に突入したことは公知の事実である。被告は、この卸売物価の急騰は当然建築費にはねかえることを容易に予見できたのであり、事実、昭和四七年度の非木造住宅の建築工事費は、前年より約八パーセントの値上りとなつた。また、右契約解除時点で、建築規制が厳しくなり、反対住民の同意がなくては建築確認、公庫の融資等について支障を生ずる状況になることを、建築業者として被告は当然承知していたものであり、住民を納得させ、建築着工に至ることは甚だしく困難若しくは長年月を要することも予見できた。

従つて、本件契約解除の約七年後に初めて新契約が成立し、その時の請負工事代金が一平方メートル当り四万七四〇〇円程度値上りすることは、右解除当時、被告が十分予見し得たものと言わなければならない。

(二) 建築設計監理料相当の損害(五五〇万円)

原告は、被告との債務不履行により本件ビルの建築が頓座したので、新たに設計し直し、それに基づき建築確認の取り直しをせざるを得なくなつた。

そして、昭和五二年一〇月二七日、注文書を原告、受託者を株式会社小高研究所として、新しく本件ビルを建築するについて設計監理契約が締結され、その報酬額は金五五〇万円と定められた。そして、右会社の従業員である戸田弘が実際の業務を担当し、合せて住民との交渉も担当した。

同年一〇月三一日、原告は、右会社に対して第一回設計料として、一五〇万円を支払つた。

ところが、昭和五三年六月二六日ころ、戸田が右会社より独立するに際し、原告・右会社・戸田の三者が協議のうえ、原告と右会社間の設計監理契約は、一たん合意解約され、事実上右契約上の権利を戸田が継承することととなり、昭和五三年七月七日、原告と戸田の間に、原告が右会社に支払済みの一五〇万円を代金額五五〇万円から差引いた四〇〇万円を設計監理報酬とする設計監理委託契約が締結された。

従つて、被告は右設計監理料五五〇万円相当の損害賠償義務を負う。

(三) 得べかりし家賃収入の逸失利益(一億四六四六万四〇〇〇円)

本件契約によれば、本件ビルの完成予定は昭和四七年三月三一日であり、請負工事が順調に進展すれば、遅くとも昭和四七年五月以降は賃貸住宅については入居可能な状態であつた。本件ビルの戸数は、一階から四階までで計一四戸、五階から一〇階までで計二九戸、合計四三戸であり、一階から四階までの一戸あたりの家賃は月額三万五〇〇〇円、五階から一〇階までの一戸あたりの家賃は月額三万八〇〇〇円、総戸数四三戸の月額家賃総額は一五九万二〇〇〇円であつたと考えられる。

新契約による工事着工が行なわれても昭和五四年中の完成と賃貸の開始は無理であるので、右家賃収入の逸失利益は、昭和四七年五月から昭和五四年一二月までの九二か月分について一か月金一五九万二〇〇〇円宛、合計金一億四六四六万四〇〇〇円となる。

(四) 大田機械の逸失利益の補償金(七六二万七七四三円)

(1) 大田機械は昭和三二年に設立された各種機械殊にテーブルリフターの製造販売並びにキャリアーローラーの修理等を目的とする会社であり、設立以来原告がその代表取締役に就任し、経営にあたつてきた原告の個人的会社であり、同族会社である。

大田機械の本社及び工場等の所在地は、本件ビルの敷地である大田区萩中二丁目四番三号であり、その敷地の一部萩中二丁目一四九八番宅地と一四九九番一宅地は山崎幸子から同所一五〇〇番宅地は中村芳太郎から、原告がそれぞれ賃借したものを転借し、また、その使用中の工場五棟、事務所等の建物はすべて原告所有のものを賃借して、営業のために使用して来た。

(2) 本件建物の建築工事のためには、敷地上にある工場、事務所等の建物の大部分は工事期間中取壊す必要があり、取壊せば大田機械の工場の操業は一部不可能になり、それだけ営業利益は減縮することになる。

そこで、原告は昭和四五年一二月ころ、大田機械との間で、大田機械は原告の企画する本件ビルの建築に全面的に協力することとし、本件工事期間中、工事のため大田機械の工場、事務所等の設備を取壊すこと、並びに取壊しのために本件ビルの完成期日の昭和四七年三月三一日まで操業が一部不可能となることを承諾する、原告は本件ビル建築に関し、工事期間中、工事のため工場、事務所等の設備を取壊す以外には大田機械に対し一切迷惑をかけず、仮に迷惑をかけて大田機械に損害を及ぼした場合は、その損害を賠償する、旨の約束をした。

(3) 被告は本件契約に基づき、昭和四六年三月二一日、前記工場五棟、事務所等のうち工場一棟(約一八〇平方メートル)と事務所の一部を残し取壊した。

工場建物の取壊しに伴ない、大田機械は従業員を従前の半分の一〇人に減少させた結果、大田機械の主力製品の、自重三トンから五トンのテーブルリフターを製造することができなくなり、自重一トンから三トンの小型のものを製造するほかなくなつた。また、大田機械は、日本鋼管のキャリアーローラーの修理の専属工場であつたが、工場取壊しのため右キャリアーローラーの修理が全く不可能になつたので、本件ビルの工事期間中、修理の専属工場の指定を日本鋼管に返上し、本件ビル完成後改めて指定を受けることにもなつたので、大田機械の売上高はその後大幅に減少した。

(4) 大田機械は右のとおりその営業規模を縮少した状態のまま、昭和四六年四月以降、翌昭和四七年三月三一日には本件ビルが完成するものと期待してその営業を継続してきた。ところが被告は本件契約に違反して工事を中止したため、大田機械は本件ビルの工場部分に入居し、操業が可能になる予定であつた昭和四七年五月一日を過ぎても、規模を縮少した状態を余儀なくされ、その状態で現在に至つており、その期間の得べかりし利益を逸失したことになる。この大田機械の逸失利益については、原告と大田機械の約定に基づき、原告が大田機械に賠償しなければならないものである。

(5) 大田機械の会計年度は一月一日から一二月三一日までであるが、大田機械の工場等の取壊し以前の四か年の純売上高と売上総利益は別表(二)記載のとおりであり、その平均売上総利益高の平均純売上高に対する比率は約二一・九パーセントである。

大田機械が工場の取壊し以後の三か年の純売上高及び売上総利益高は別表(三)記載のとおりであり、その平均売上総利益高の平均純売上高に対する比率は約一九・〇パーセントであり、その比率は取壊し以前の四か年平均のそれより約二・九パーセント低くなつている。

(6) 大田機械が逸失した得べかりし利益は、結局、本件ビルが完成し、その工場部分に機械等を設置し、操業が可能になる昭和四七年五月一日以降の利益高の減少額である。

その減少した利益高は、年額で営業規模を減少した昭和四六年の前後における前記平均売上総利益高の差額三九七万九六九七円、月額にして三三万一六四一円である。

そこで、昭和四七年五月一日から昭和四九年三月三一日(昭和四九年度も少なくとも前記昭和四六、四七年、四八年の三か年の平均売上総利益高が計上されることは確実である)までの、二三か月間の大田機械の逸失した得べかりし利益は七六二万七七四三円となる。

右金員は原告が前記約定に基づき大田機械に支払わざるを得ないものであり、結局、被告の債務不履行により原告が負担せざるを得なくなつたものである。なお、原告は右金員のうち三九一万四八一四円を、昭和四七年一二月二日、大田機械に支払つた。

(五) 慰藉料(五〇〇万円)

原告は、被告の本件債務不履行により、甚大な精神的苦痛を受けたが、その慰藉料は五〇〇万円を下らない。

(六) 弁護士費用(六七〇万三〇〇〇円)

(1) 原告は、昭和四七年三月三日、附近住民一二名を相手方として、前記のとおり建築妨害行為禁止仮処分を申請したが、これは、被告が本件契約の特約に基づき附近住民の説得工作等をなし、また、被告自ら附近住民との間に工事を再開しない旨の文書を取り交わすなどの背信行為に出なければ、申請する必要のないものであつた。

従つて、原告が右仮処分申請事件のために弁護士山田賢太郎に支払つた二〇万三〇〇〇円、及び本件原告代理人弁護士大原誠三郎に昭和四八年一二月までに三回に分割して支払つた一五〇万円は、被告の本件債務不履行により出費を強いられたもので、被告は右金員を賠償する責を負う。

(2) 原告は、本件訴訟を提起、及び維持するために、原告代理人弁護士大原誠三郎に対し、昭和四九年四月二二日 着手金として五〇〇万円を支払い、かつ、成功報酬として認容金額の一割の金員を支払うことを約した。

右金員は、被告の本件債務不履行により出費を強いられたもので、被告は右金員を賠償する責を負う。

8  よつて、原告は被告に対し、本件契約の解除による原状回復請求権及び前記2(七)(3)ロの特約に基づき、前記6記載の過払金一〇九二万一六四二円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年五月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めると共に、本件契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、7(一)、(二)、(四)、(五)、(六)記載の損害の全額及び前記7(三)記載の損害のうち、一億一六〇四万二八五八円(損害合計二億三六二二万一七三五円)及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年五月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

仮に、前記7(一)、(二)、(四)、(五)、(六)記載の損害の一部が認められない場合は、認められない金額だけ、前記7(三)記載の損害の請求を拡張する。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、被告に関する部分は認めるが、その余の事実は不知。

2  同2のうち、原告主張の日に(一)ないし(六)を内容とする請負契約を締結したことは認める。(七)のうち、(1)前段、(2)及び(3)と同趣旨の文言が、本件契約の契約書添付の四会連合協定工事請負契約約款第一五条第一項、第二六条第二項、第二八条第一、第二項に記載されていることは認めるが、それらはいずれも不動文字で記されたものであり、原告主張のような「特約」などという特別なものではない。また、(七)のうち(1)後段の日照問題の解決については、そのような文言は、本件契約の契約書及びその添付書類のいずれにも存在せず、口頭でも右文言の趣旨の約束がなされたことはない。

3(一)  同3の(一)のうち、被告が昭和四六年三月二四日、旧工場取り壊し工事を開始したことは認めるが、その余は否認する。

被告は、原告から、栗田方製麺所がほこりで迷惑していると聞いたので、直ちにほこりが栗田方に及ばない処置をとり、その後はほこりで迷惑をしているという話は聞いていない。また、被告自身は、栗田方を含め、工事取り壊しに関する苦情は、直接的には一切聞いていない。

(二)  同3の(二)のうち、栗田、斉藤、後藤らが本件ビル建築工事に反対したこと、その反対理由が原告主張のとおりであつたことは認めるが、その余は不知。

(三)  同3の(三)のうち、被告が二月一五日頃、本件ビルについて建築確認申請をしたこと、右申請に添付された建築設計図面は、ごくわずか隣地にはみ出しており、それに対して建築確認が与えられたことは認めるが、その余は争う。

右のような建築確認申請がなされたのは、次のような事情による。すなわち、建築における建物の設計をする際には、当然その敷地の図面がなければ不可能であるが、本件ビルにおいては、その敷地には従来からの建物が存在し、敷地の正確な測量をなすことは、それゆえに実際上困難であつた。そこで被告は、原告の提出した測量士作成の敷地図面に基づいて本件ビルの設計をなし、それに基づいて建築確認申請をした。しかしながら、従来存在していた工場を取り壊し、現場において縄張りをしたところ、原告提出の敷地図面は不正確であり、設計図どおりでは隣地に極くわずかはみ出すことが判明した。そこで、被告設計担当者は、現場において原告の了解を得、柱の出つ張りを二〇センチメートルにつめて建築することにした。但し、これは設計図上本件ビルが二〇センチメートル隣地にはみ出すことを意味しない。隣地との境界一杯に本件ビルを建てるということではないからである。また、本件においては、柱の出つ張りを二〇センチメートルつめたが、外壁の位置の変更により、容積は変更前とほぼ同じようになるように設計の変更をした。従つて、被告には帰責事由がない。

なお、本件ビルの敷地の西側の境界には境界石はなかつた。

(四)  同3の(四)のうち、原・被告と住民が、同年四月五日に第一回、同月二二日に第二回の話合いを持つたこと、第二回の話合いの際、住民から原告主張のような要求がなされ、一〇階建は高過ぎるので、建築の変更をして欲しいとの主張がなされたこと、これに対して原告は、既に申請し、許可を受けた公庫、銀行の借入れ金の返済計画上、階数を減らすことは採算がとれなくなる等の理由で右住民の申入れを拒否したことは認めるが、その余は争う。

第二回の話合の際、原告主張のような要求がなされたが、その要求の主たる点は、次の三点であつた。

① 一〇階建を三階以下にすること

② 建物の位置を変更すること

③ 右の要求の話合いがつくまで、工事を中止すること

右三点の要求は、問題の性質上、施工者たる被告の判断で回答しうるものでなく、当然施主たる原告に対してなされたのであつた。

第二回の話合いにおいても、被告としては、伏流水に本件工事は関係がないこと、また、第一回話合いで説明したように、粉塵・騒音等はできるだけ少なくする旨の説明をした。

(五)  同3の(五)のうち、被告が五月一日に本件工事を開始したこと、しかし、共立大田診療所から抗議を受け、結局当日は杭一本を打つにとどまつたことは認めるが、その余は不知。

右抗議は、死にそうな病人がいるから杭打ちをやめるようにというものであり、被告は人命にかかわることなので工事を中止したのである。

(六)  同3の(六)の事実は認める。

(七)  同3の(七)の事実は認める。

(八)  同3の(八)の事実は認める。

(九)  同3の(九)のうち、被告が五月二一日に杭の搬入を試みたとき、住民の妨害に遭い、搬入が失敗に終わつたことは認めるがその余は争う。

右搬入の際、被告が材料運搬に用いた車輌一台が、住民の妨害により現場から出られなくなつた。住民側は被告に対して、原告との話合いがつくまで工事を開始しないことの保障を要求し、その保障をしなければ右車輌を解放しない旨主張した。これに対して被告は、車輌の解放を要求したが、住民は聞き入れなかつたので、被告はやむを得ず、「このように住民の実力行使があれば、被告としては、それを実力で排除してまで工事を進めることはできない。すなわち、住民の実力による反対運動がある限りは、工事ができず、これは、結果的には話合いがつくまで被告が工事をしないことを意味する」旨の回答をして、ようやく住民から車輌解放の同意を得た。

その際、このような反対運動の原因が、工事請負人としての被告がなすべき義務を履行しないことに存在するというのであれば、それを明らかにするように求めたところ、住民側から、反対運動の原因は被告にあるのではなく、原告が住民と話合いをしないからであるとの、文書による確認を得た。

なお、五月二一日には、乙第三号証が作成されたが、この文書の作成の際は、原告も立会つている。

(一〇)  同3の(一〇)のうち、被告が五月二六日に、原告の督促によりパイル車を工事現場附近に進行させたが、住民の妨害により工事を開始できなかつたことは認めるが、その余は争う。

原告は、同日、現場に搬入した杭打機の解体搬出に合意し、それに伴つて本件工事を中止することを了承した。すなわち、本件工事は住民との話合いが解決するまで延期することとした。このことは、工事中止又は工期遅延を原告が了承したことを意味し、被告にそれに関する責任が生じないことを明らかに示す。原告は当日の住民との話合いにおいて金銭補償の意思のないことを表明し、住民の怒りをかつた。

建築確認書については設計者(本件では被告)が現場に保管し、工事完成後施主に引渡すべきものである。被告は原告の代行者として建築確認手続をとり、そのまま建築確認書を保管していたのであるから、原告から「一寸拝見」などと称して建築確認書を持ち去ることはあり得ない。

(一一)  同3の(一一)のうち、五月二六日に杭打機の解体に同意した原告が翌二七日になると解体に反対し、身を挺して解体を阻止したこと、被告が二八日に杭打機を搬出したことは認めるが、その余は争う。なお二八日の搬出は、原告の同意を得てなしたものである。

被告は二八日以後原告に対し、何度となく工事再開の条件は整つたか否かを尋ね、被告のなしうる協力はいつでもなす旨申し入れたが、本件工事を再開できる状態にはならなかつたのである。なお、被告はいつでも工事を開始しうるよう準備していた。

(一二)  同3の(一二)は否認する。

(一三)  同3の(一三)は認める。

被告は原告に対し、昭和四七年一月一二日付願書を以て契約締結後一年余も経過して工事が再開できないが、同月末までに工事再開の条件を考えるよう、万一それができない場合には、既に受領済みの代金から被告の負担分を清算し、残金は返済する旨申し入れたがそれに対して、原告が、本件契約を解除する旨の意思表示をしたものである。

(一四)  同3の(一四)のうち、被告が原告の代理人としてなした建築確認申請につき、適法な確認がとられていないという点は否認し、その余は不知。

本件ビル建築確認申請において、申請に添付された建築設計図面が、ごくわずか隣地にはみ出していた事情は、前記(三)で述べたとおりである。建築確認を取得した設計図面と、設計変更の結果現実に建築する建物とが相違するのはよくあることである。その設計変更が、確認済みのものより規模をかなり大にし、又は規模はあまり変わらないが構造上大きな変化をもたらす場合には、改めて確認を得なければならないが、変更が建物にとつて重要でない場合には、事後に申請書の訂正等の申出をすれば足り、それは間違いなく認められる。本件における変更は後者に該当し、いつにても添付図面の訂正を申出れば足り、建築確認自体の効力を左右することはない。

4(一)  同4の(一)の事実は否認する。本件契約前、契約時、契約後を通じて、被告が原告に対し、日照問題の紛議を自らの責任においてこれを解決することを約束したことはない。

原告が本件契約の特約として主張する請求原因2(七)(1)前段記載の約款は、施工のための工事の結果、振動やほこりやその他施工者の不注意により、第三者の身体、財産につき損害を与え、又は、それらに関して第三者と紛争が生じた場合には、施工者が解決の責任を負うという、いわば工事の直接損害に関する規定なのである。

しかし、日照の問題は、建物の大きさ、または階数を変えずには解決しえないものであり、問題の性質上、施主たる原告において解決する以外に方法がないのであり、右約款の趣旨に該当しない。

(二)  同4の(二)の事実は否認する。栗田方にほこりをかぶせたことによる問題は、前記3の(一)のとおり、その時点で被告が直ちにほこりが栗田方に及ばない処置をとることにより、速やかに解決されていたのであり、住民の建築反対運動の理由とはなつていない。

本件におけるような住民の要求については、その解決につき被告が協力するのは当然としても、問題の性質上施主たる原告において解決する以外に方法がない。前記のように何回ももたれた話合いの席上で、施工者が解決すべきでありまた解決できるいわゆる工事被害の補償の問題は最初の頃に出され、これについては、被告の回答によりとりたてて異議を出されていないのであり、それ以降の話合いにおいては、被告は、住民から、住民提起の問題を解決しうる当事者とは認められず、相手にされていない。また、住民と原告との間の紛争は、日頃の原告に対する住民の不信感に基づいている面もあり、被告はどうにも介入できなかつた。

また、仮処分については、被告がこれを申請すべき義務はない。もつとも、原告が仮処分をして工事を続行することについては被告も相談に乗り、原告が依頼した山田弁護士に協力したが、その後原告と山田弁護士との間で仮処分につきどのような話があつたのか、被告としては関知しない。

(三)  同4の(三)の事実は否認する。

(四)  同4の(四)の事実のうち、建築確認申請に添付した建築設計図面が、ごくわずか本件土地からはみ出していたことは認めるが、その余は否認する。原告の主張に対する反論は、前記3の(一四)記載のとおりである。

(五)  同4の(五)は争う。

5  同5のうち、(二)の事実は認め、その余は否認する。

原告において、被告が本件契約上の義務を履行しうべき場所(工事進行の妨害のない現場)を提供しなかつた以上、原告の工事再開の催告は、仮にあつたとしても法的には無意味である。

また、本件においては、原告の主張する約定解除事由もしくは法定解除事由は存在せず、本件契約は原・被告間の合意によつて解約されたものである。

すなわち、原告は、昭和四七年二月四日到達の書面により、本件契約の解約の申込をなし、被告は同月二七日到達の書面によつて原告の解約の申込を受諾したのであり、同日をもつて本件契約は合意解約されたのである。

6(一)  同6の(一)の事実は認める。

(二)  同6の(二)のうち、本件ビルの設計費が二九一万三三一九円であつたことは認めるが、その余は争う。

(三)  同6の(三)の事実は否認する。設計費と工事出来高の合計は、一七〇七万九六一円である。

(四)  同6の(四)のうち、被告が原告に対し、昭和四七年二月二七日到達の書面をもつて、本件契約解除時に至るまでに被告の支出した経費計一七〇七万九六一円を差引き、残額一二九二万九〇三九円の返還をなす旨通告し、右金員を東京法務局に供託したこと、原告が、右供託金の還付を受けたことは認めるが、その余は争う。

(五)  同6の(五)は争う。

7(一)  同7の(一)の事実は否認する。原告の主張は結果論に基づく主張であつて、事前に予見可能か否かを考える場合には、根拠とならない。超インフレと言われた時代に突入したのは本件契約終了後のことであり、終了時点において超インフレ時代への突入は、通常人には予想しえなかつたところである。

(二)  同7の(二)は争う。

(三)  同7の(三)の事実は否認する。建物を建てるには資金を必要とし、その資金を、原告の如く借入でまかなうとすれば、その利息支払も生じてくる。更に、家賃を取得するためには、建物自体の管理費も必要であるし、その他の諸経費も当然必要となる。これらの主張なしに単に家賃総収入を損害額として請求するのは、得べかりし利益の計算根拠において主張すべき要件事実を尽していないといわざるを得ない。

(四)  同7の(四)、(五)、(六)の事実はいずれも争う。

三  被告の主張

1  帰責事由の不存在

(一) 被告が本件工事を続行できなかつたのは、原告も自認するとおり、付近住民の反対運動のためであるから、本件工事中止につき、被告には帰責事由が存しない。すなわち、住民の反対運動は、原告に対する要求に帰因するものである。住民の反対運動のため建築しえなかつたことは、反対運動のため原告がその後も現実に建物を建築できない事実が証明する。

また、五三年六月になつて、住民から建築に同意を得て建てる予定という建物が四階建にすぎないことも、一〇階建の本件ビルの工事中止に被告には帰責事由がないことを示す。

(二) 本件ビルの建築確認申請に添付された建築設計図面がごくわずか隣地にはみ出した理由は、請求原因に対する認否3の(三)で述べたとおりであり、これについても、被告には帰責事由が存しない。

2  受領遅滞

本件の如き建築工事請負契約において、工事会社たる被告が契約を履行するためには、施主である原告において、工事会社が工事をしうべき土地(場所)を提供する義務を負う。被告は、本件契約に従つて建物を完成すべく作業員を派遣したが、住民の妨害に会い工事を進行できなかつたのであり、これは法律的には被告が債務の履行を提供したにもかかわらず、原告において受領を遅滞したということになる。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張1、2はいずれも争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

(はじめに)

一  理由の構成は次のとおりである。

第一  当事者間に争いのない事実

第二  住民との紛争の経過等

第三  被告の債務不履行

一  特約の存否

二  被告の行為

1  日照紛争の処理解決

2  被告の工事中断

3  栗田方粉塵問題

4  仮処分等の妨害排除措置

5  念書密約問題等

6  設計の誤り等

三  被告の責任

四  本件契約の解除

第四 過払金の清算

第五 損害

第六 結論

二 理由中の認定判断に用いた書証の成立に関する認定は、末尾添付の書証目録記載のとおりである。

第一当事者間に争いのない事実

(工事経過等)

一被告は昭和二一年八月頃設立された土木建築請負その他を業とする株式会社であり、現在東京証券取引所第一部に株式が上場されている。

二1  原告は請求原因2の(一)ないし(六)記載のとおり、昭和四六年一月八日、被告との間で、別紙第一物件目録(一)、(二)記載の各土地(以下、本件土地という。)上にあつた工場(以下、旧工場という。)を取り壊し、そのあとに別紙第二物件目録記載の一〇階建工場兼共同住宅(以下、本件ビルという。)を建築する(設計及び建築確認申請手続を含む。)工事請負契約を結んだ。工期は同年四月一日本件ビル建築着工、昭和四七年三月三一日完成、請負代金は一億四五〇〇万円の約定であつた。

2  原告は被告に対し、右契約に基づく請負代金の内金として昭和四六年一月一一日金二〇〇万円、同月二〇日金三〇〇万円、同年四月八日金二五〇〇万円、合計金三〇〇〇万円を支払つた。

三1  被告は昭和四六年三月二四日旧工場取壊し工事を開始したが、右工事中、旧工場解体の土ほこりが本件土地の西隣りにあるうどん製造業の栗田武夫方に飛び込むという事故があつた。

2  本件ビル建築計画に対しては、右栗田のほか、本件土地の北隣りで共立大田診療所を経営する斉藤隆三、本件土地の東隣りで木型屋を経営する後藤善幸ら付近住民から反対の声があがつた。その反対理由は、本件ビルの建築ないし工事により、①周辺住民の日照権が侵害されること、②本件ビルの窓越しに周辺住民の家庭内のプライバシーが侵害されること、③工事により騒音及び粉塵が発生すること、などであつた。

3  被告は、昭和四六年二月一五日頃本件ビルについて建築確認申請をし、同年三月末日確認を得たが、その申請書添付の被告作成の設計図面のままでは、本件土地から建物が隣地に一部はみ出すことになつていた。

4  原、被告と住民は、同年四月五日に第一回目、同月二二日に第二回目の話合いをした。右第二回目の話合いの際には、住民側から、①本件工事開始に先立つてなぜもつと早く近所に挨拶廻りをしなかつたか。②一〇階建は高過ぎるので、建築の変更をして欲しい。風害や子供のくる病が出る。③本件ビル建築により、伏流水に異常が生じ、周辺の建物が傾く。④地下三八メートルの杭打ちは相当の振動があり、また一年間も工事中道路を掘り起されては近所が迷惑をする。⑤粉塵の公害、工事中の騒音公害の手当てをどうするか。⑥住民との間の話合いがつくまで本件工事を中止せよ等の主張がなされた。これに対し原告は、既に申請し許可を受けた公庫、銀行の借入れ金の返済計画上、階数を減らすと採算がとれなくなること等を説明し、了解を求めたが、住民は納得しなかつた。

5  五月一日、被告は本件工事を開始したが、北隣りの共立大田診療所から抗議を受け、当日は杭一本打つにとどまつた。

6  原、被告と住民は、五月六日に第三回、同月一二日に第四回の話合いをしたが、双方合意には達しなかつた。

7  五月一七日、被告は原告の要請により本件工事を再開したが、同日午前八時三〇分杭打ちを始めると、前記後藤を始めとして多数の住民が本件土地内に侵入し、工事現場に座り込みを始め、工事の進行を妨害した。そこで原、被告は実力で座り込む住民を排除し、杭三本を打込んで当日の作業を終了した。

8  被告は、五月一八日杭打ちのためオーガーをかける作業をし、翌一九日午前四時三〇分パイル車を現地に搬入したところ、後藤や共産党所属の大田区区議会議員松原忠雄ら数人が本件土地内に座り込みを始め、パイル車の前部泥よけ付近をつかんで妨害していた田村孝司の指を被告の従業員が外しにかかつたところ、田村が後ろにのけ反り、軽いショックを受けるという事故が発生した。そのため、工事は中止され、後日、原告と被告代表者馬場梅吉は、田村から殺人未遂で告訴された。

9  五月二一日午前五時頃、被告はレッカー車を本件土地に搬入しようとしたが、住民の妨害に遭い、失敗に終つた。

10  更に、五月二六日午前五時三〇分頃、被告は原告の督促によりパイル車を工事現場付近に進行させたが、住民の妨害により工事は開始されなかつた。

11  同月二八日、被告は本件工事現場から杭打機を搬出して工事を中止した。

12  原告は昭和四七年二月二日付け、同月四日到達の内容証明郵便により、被告に対し本件契約を解除する旨の意思表示をし、被告は同月二七日到達の、同月一七日付け内容証明郵便により、原告に対し本件契約の解除を承諾した。

第二住民等との紛争の経過等

一<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

1  本件土地は、少なくとも昭和四六年当時において、建築基準法上の準工業地域、第三種容積地区に属し、付近には住宅のほか小規模の工場等がある。本件土地の東側には道路を隔てて木型屋の後藤と伊藤の家屋、乙女荘アパートがあり、西側には道路を隔てて製麺業の栗田宅及び牧野ガラス店が並び、更にその西方に野本、中村、野口、田村らの住宅がある。北側は約七メートルの都道を隔てて共立大田診療所(斉藤隆三院長、高橋事務長)及び日石ガソリンスタンドがあり、右都道は、東京都の環状八号線拡幅計画により昭和五〇年頃には幅員約三〇メートルに拡張される予定であり、共立大田診療所も移転が予定されていた(現に、昭和五五、六年頃には本件土地の南方に移転した。)。本件契約当時、原告及び被告会社の担当者らは、本件土地の右の立地条件等から本件ビルの建築は立地条件として申し分なく、付近住民との日照、工事をめぐる紛争が生じることは予想していなかつた。

2  本件土地は軟弱地盤であるため、本件ビルの地盤の杭打ちのためには約四〇メートルの杭(パイル)を打込む必要があり、地下約一八メートルをアースオーガーによつて掘り、その後杭打機デルマックにより杭を打込む工法が予定されており、右のような土質における当時の工法としては特に問題とすべき点はなかつた。

3  本件一〇階建のビルによる近隣への日照阻害度について、原告が後に後記仮処分申請事件の資料として昭和四七年六月頃作成させた鑑定書によれば、本件ビル建築に伴う冬至期の近隣各家屋の中心点における日照状況は、最も影響の大きい北側共立大田診療所の一階では日中四時間五〇分が日影となり、本件土地の西側栗田宅では午前一一時二〇分頃まで、中村及び野本宅では午前一一時頃までが日影、東側の後藤、伊藤宅では午後三時一〇分頃から日影となつたであろうことが認められる。

4  旧工場の取壊し作業が始まつた昭和四六年三月二五日頃、原告は被告会社の営業担当者菊地淳とともに近隣約三〇軒と本件土地の地主山崎幸子方へ工事着工の挨拶廻りをした。当時、建築確認がまだ得られていなかつたこともあり、原告は菊地の示唆により本件ビルが一〇階建となることについてはなるべく言わないようにしていたが、中には答えざるを得なくなつて一〇階建であることを告げたところ、その高さ、規模に驚きの反応を見せる者もあつた。地主の山崎からは、あらかじめ建替えについての承諾をとつてあつたが、一〇階建となることについては右挨拶の際、多少の苦情が出された。

5  旧工場の解体に当たつて、被告は覆い(シート)をかけずに作業したため、前記のとおり近隣、特に栗田方に土ほこりが飛び込み、原告方に苦情があつた。原告は謝罪するなどし、被告においてもその後シートをかけて作業をするとともに現場担当者が謝罪の挨拶をするなどして一応おさまつたが、この件は、後に同年五月六日の都庁における住民との第三回目の話合いの場などで、住民側から、本件工事による実害発生の例として指摘されることがあつた。

6  昭和四六年四月初め頃、近隣住民から話合いの要求があり、四月五日に原告と被告会社の菊地が出席した。住民側からは、後藤、栗田、中村、診療所の高橋事務長ら約一〇人が出席した。住民側から原告に対し工事に関する要望書が提出され、原告及び菊地から建築物の規模、位置などの概要を説明したのに対し、住民側からは、日照、風害、地境いとの間隔、工事振動等の問題が指摘され、菊地から、工事による損害の補償については業者(被告)の負担で、工事前に原状の写真をとり念書を交した上で原状回復をするとの意向が示され、同日の会合は解散となつた。

7  同年四月上旬大田区議会議員選挙が公示され、共産党関係の候補者松原某が演説の中で、本件ビルの一〇階建に反対するとか、本件土地を小公園にするべきであるとかの主張をした。この頃、近隣住民八七人が本件ビル建築に対し「萩中住民高層建築反対同盟(代表、前記後藤善幸)」を結成した。

同年四月一三日地鎮祭が行われた。原告は、あらかじめ近隣に挨拶廻りをしてあつたが、当日は牧野ガラス店、北側のガソリンスタンド日石丸紅から参列があり、共立大田診療所から清酒一本が届けられたのみであつたため、原告はようやく住民の動向に不安を抱き始めた。

8  同年四月二二日、前記中村宅で第二回目の話合いが開かれた。原告父子と被告会社の菊地が出席し、住民側は反対同盟の八七人中三〇人余りが出席した。話合いは怒号、罵声が飛ぶ中で行われた。住民側の要求の趣意は前記当事者間に争いのない事実三の4記載のとおりであるが、特にこの席で住民側から、三階とか五、六階ならよいが、一〇階建については反対であるとの強い姿勢と、建築計画の変更について回答があるまで工事を延期又は中止せよとの要求が初めて出されたのに対し、原告は前記1の本件土地の地質のため地下四〇メートルの杭打ちをしなければならないので、一〇階を削ることになれば採算がとれないこと、及び本件土地の前記立地条件を挙げて、一〇階建、高層化は時代の流れであり、何としても一〇階建を建てたいこと、工事の延期、中止については即答できないが誠意をもつて対応すること、二、三日工事着工をずらすことはやむを得ないことなどを話し、菊地も原告の発言を応援して、建築工事による損害は業者である被告において責任を持つことは前回回答したとおりであり、補償の対象世帯の特定があればいつでも念書を差入れること、日照等の問題についてはまだ直接の法的規制がなく、結局施主が金銭補償をするほかないが、本件ビルは南北に長い設計であるから日照の影響は少なく、風害も大丈夫と思われること、原告は一〇階建でなければ建築資金借入れの返済ができなくなること、あくまで一〇階建反対ということになれば話合いにならないことなどを述べた。住民側は、近隣に大きい影響のある一〇階建のビル建築について、原告から計画段階で説明や挨拶がなかつたことを非難し、原告の発言に対し誠意がないとか、業者に違約金を支払つてでも工事を中止すべきである等の発言があり、物別れに終つた。

なお、同日地主の山崎も一時出席し、住民から発言を求められて、五、六階建と聞いて原告に建替えの承諾を与えたが、自分の不注意で納得がいかないなどと、住民の要求を支持するかのような発言があつた。

右話合い終了後、原告と菊地は、これでは話合いの余地はなく、一〇階建のまま工事を進めるほかないことを話合つた。

9  その後住民側は、話合いがつくまで原告が工事延期に応ずるよう東京都、大田区の議員の紹介、支援を得て、都や区、更には原告への融資元である住宅金融公庫等に陳情をし、弁護士に相談し、他の地域の建築公害問題に関心のあるグループ等と連絡をとり合うなどの行動を起こした。

他方、原告は予定の着工が遅れていることから被告に対し着工を催促し、被告は四月二九日に杭打機を現場に搬入し、五月一日試験杭の打込みを開始した。

10  五月一日午前一〇時頃から被告が杭打ちを開始したところ、午後には近隣から工事用の足場が近隣の敷地にはみ出しているとか、音がうるさいなどの苦情があり、共立大田診療所からも苦情と中止の要請があつたため、被告は同日午後三時頃、杭一セット(一セット、三本)を打込んだだけで工事を中止した。

同日、共立大田診療所からは、右工事のために同診療所に入院中の老人が三時頃死亡したとの苦情があつた。死亡者は、前記区議会議員選挙に立候補した松原のおばであることが後日判つたが、この件で、その頃、杭打ちのためにショック死した等のビラが本件土地周辺に貼紙され、更に後記のとおりその後の住民らとの話合いの席で、原告及び被告が病人の死期を早めた殺人の共同正犯であるなどと指弾されたり、大田区議会への住民の陳情書に記載されるなどの種となつた。後年原告は、その遺族から、杭打ちと右の死亡とは何ら関係がないことを告げられた。

11  その後、休日、雨天等のため工事ができないまま、五月六日東京都建築指導部において担当課長ら立会い、指導の下に、陳情に赴いた住民らとの第三回目の話合いが行われた。住民側からは、近隣の栗田、中村、田村、野本、牧野、小村ら九人のほか、弁護士船尾徹、同横尾順子が出席し、原告父子と被告会社の上野工事部長、伊藤次長、菊地が求められて出席した。

都の課長は、本件土地が準工業地域に属し、環状八号線に沿つているから住宅地とは事情が違い、また建築基準法上合法の建築であり工事に着工して差支えない、ただ、住民の迷惑にならぬよう工事を進めるべく、補償問題についてはよく話合うべきであると指導した。住民側は、杭打ちによる病人の死亡事故、粉塵、騒音、精密機械工場の操業への影響、大型車両の出入りによる交通渋滞等々の現実の被害が出ていると訴え、日照、風害、伏流水等の障害のおそれを主張し、建物の高さと位置を変更すること、これらの問題について話合いがつくまで工事を中止することを求めた。

被告側はこれに対し、工事についてはシートをかけるなどしてできる限り迷惑をかけないよう努力するし、かねて申出ているとおり工事により家屋等に直接の損害があれば原状回復の補償をするが、杭打ちの振動については一〇日ないし一二日間位勘弁願いたいこと、日照は我慢できる程度と思われるから我慢して欲しいこと、伏流水や風害の問題は生じないと思われることなどを説明し、原告も、工事による損害については業者とともに補償をするので、早く補償対象世帯を被告に回答願いたいこと、建物の高さ、位置の変更は勘弁願いたいことを述べ、更に住民側から原告に対し、話合いの方向を住民と被告との工事補償の点に向けるのは議論のすり変えであるとの反論があり、都庁での話合いは物別れとなつた。

同日、都の担当課長の勧めで住民側と原告及び被告担当者が被告会社に赴いて話合いを続けた。この席でも住民側から建物の高さと位置の変更の要求があり、更に新たな問題として自宅療養中の病人、老人への影響、精密機械営業への影響とその補償、建築による土地利用度(地価)の低下とその補償の問題が提起され、原告は主として経済的理由により高さは削れないこと、位置の変更も検討したができないこと、営業補償については検討してみること、自宅療養中の病人等については別途方策を考えること、日照の問題は比較的影響が少ないと思われるので勘弁願いたいこと、土地利用度(地価)の低下までは補償できないことを述べ、被告担当者は、建築工程、方法等の説明をした上、営業補償の点は被告では責任を負えないこと、工事による現実損害の原状回復は引受けるとの従来の説明を繰り返した。

この場での話合いは比較的平穏裡に行われ、二日後の五月八日住民側から回答することとし、その間工事を中止することに合意して解散した。なおこの席で住民側から原告に対し、住民との問題を業者任せにせず建築主である原告自身が自ら近所を廻つて努力してもらいたいとの注文が付けられた。

12  五月八日に予定されていた住民側の回答は二度にわたつて延期され、その間住民側の要求により原、被告は工事を見合わせた。

この間の住民らの動向を心配した原告は、「営業の被害補償については誠意をもつて行います」との念書(乙第一三号証)を二〇枚以上作成して近隣に配つたほか、栗田と牧野方に各金一〇万円、その他の近隣約二〇軒に金五〇〇〇円宛を工事見舞金の名目で配つたが、栗田、牧野は受取らず、栗田からは工事被害対策用に原告が渡してあつたベニヤ板一五枚を返却され、また原告において近隣の自宅療養中の老人数人のための他の病院のベッドを確保して一時避難してもらうよう申入れたが、これもその必要なしと断られた。原告及び被告側は、この頃から住民側の対応がより硬化し始めたとの印象を受けていた。

被告会社は、工事による被害補償の準備のため、同月七、八日頃近隣の家屋の写真撮影をした。

五月一〇日頃、被告会社の上野工事部長らと原告は住民の動向などについて意見を交すことがあつたが、上野は原告に対し、住民との妥協のため一階位削つてはどうかと示唆したが原告は採算がとれないとしてこれを受入れなかつた。また、上野から、この頃、本件工事の遅れ、待たせは施主の責任になるといわれ、原告はこれに反発して抗議した。

13  五月一二日前記中村宅で住民側の集会があり、原告父子三人と被告会社から上野工事部長以下四人が出席を求められ、第四回目の話合いが行われた。住民側からは後藤善幸以下約五〇人の住民のほか、横尾弁護士、「公害から守る会」関係者、他地域のマンション建築反対同盟の代表者等が出席した。

冒頭、後藤から、原告が先に近隣に差入れていた前記念書の大部分が一括して突き返され、前記のとおり原告が近隣に配つた五〇〇〇円宛の見舞金の大半も返却された。住民らは五月一日の杭打日に共立大田診療所で患者が死亡した件を持出し、原、被告を殺人者であると指弾し、更に右診療所関係者から、最近同診療所に八二歳の老婦人が心筋梗塞で入院し本件工事現場に最も近い病室で酸素吸入中であるとして、それでも工事を強行するならば今度こそただではすまないなどと牽制し、辞を低くして補償問題の具体的話合いを求める原告及び被告関係者に対し、住民らはこもごも、病院にはいつだれが入院するかもわからない、補償の話の前に問題がある、建築確認申請を取下げて初めから話合え、我々には自衛策が必要であるからゆつくり考えたい、今更念書とは何か、誠意がない、環八道路の拡幅完成後建てればよいではないか、一〇階反対、五階も反対、三階ならよい、原告は我々を人間と考えていない、かつて原告の旧工場で失火騒ぎがあり近隣に迷惑をかけたのに原告は挨拶廻りをしなかつた、ビルを建てて家賃をとつたり会社経営でもうけている、建築資金を借入れるというがそれも税金から出ている等々、原告に対する感情的反発を含めて、騒然たる中で理不尽ともいえる発言の繰返しに終始した。

なお、この席で、住民側から、日照図や地盤調査資料を住民側に提示しないことを指摘されたが、被告会社の上野は、被告会社ではこれまで日照図を出したことはないと応答した。

14  五月一五日東京都建築指導部から呼出しがあり、原告と上野工事部長が出席し、都議会議員及び区議会議員らも立会つた。都の担当課長からは、二、三日中に住民との話合いをまとめるよう指導があつた。同日原告は被告会社に赴き、上野部長らに工事の進行を強く求めたのに対し、上野らはこの頃から工事を強行すれば住民らとの対立を激化させるとの判断をしていたため、原告において住民との話合いを進めるよう求めるとともに、住民側等からの問責に備えて原告から被告に対し書面による工事着工の指示をするよう求め、原告はこれに応じて、五月一七日から工事を開始するよう被告に指示する書面を差入れた。

15  五月一六日、原告及び被告会社の担当者は、明一七日に杭打工事をする旨近隣、東京都、警察等へ連絡と挨拶をし、原告は共立大田診療所長斉藤隆三あて内容証明郵便で工事日時を連絡するとともに患者の移動等必要な措置をとられるよう丁重な要請をしたが、この内容証明郵便は受領を拒否された。

五月一七日午前八時半頃から、被告は住民らの妨害に備えて工事担当者のほか社員一八人を動員して杭打工事を開始したところ、十数人の住民らが工事現場に侵入して杭の上にまたがるなどして工事を妨害した。被告側で住民を排除し、警察官が来場して住民らを説得するなどしたが納得せず、前記診療所からはレントゲン撮影をするから工事を中止されたいとの電話が入るなどしたため、結局同日は三本の杭打ちができたにとどまつた。

16  同月一八日住民らは東京都に陳情をし、原告及び上野工事部長が求められて出頭したが話合いはつかず、同日の工事はアースオーガーによる穴掘りだけにとどまつた。

同月一九日午前四時半頃から、被告の手配した杭運搬車(バイル車)、レッカー車が現場に到着したところ、住民ら五〇人以上と応援の区議会議員数人らが現場に参集し、住民らは現場に立ちはだかり、車両にしがみつくなどして妨害し、これを排除しようとする被告会社従業員らとの間に小ぜり合いが続いた。昼頃にはパイル車にしがみついた田村孝司を被告会社の従業員が排除しようとした際同人が倒れ前記診療所に担ぎ込まれるという事故があつたため、工事は中止せざるを得なかつた。右田村ら住民六人は、後に同年六月七日原告と被告代表者を被告訴人として、田村が腰部に二か月の重傷を負つた等として殺人未遂で蒲田警察署に告訴した。同日の工事現場には被告代表者も来場して事態を現認した。

同月二〇日も住民らの動向をにらんで被告は工事に着手できなかつた。同日東京都建築指導部の担当官から上野部長に対し、蒲田警察署から本件工事の紛争について東京都において善処できないものかとの注意喚起があつた旨、及びその対応のため被告会社としての都に対する報告書の提出を求める旨の連絡があつた。

17  同月二一日、原告は工事を中断すれば住民に乗ぜられるとして被告に工事の続行を促し、被告は早朝から杭を搬入すべくレッカー車を現場に近づけたが、住民ら六〇人位が激しく妨害し、現場に進入できなかつた。住民らは、被告関係者よりも原告との交渉を求め、原告に住民の前に出て話合えと呼びかけたが、原告は話合うなら現場の事務所に来るべきであるとして拒否し、現場奥の物かげから双眼鏡で住民らの動静を窺うなどして住民らの反発を買つた。

被告側は、原告からは工事の続行を求められ、住民らからは中止要求と妨害を受け、板挾み状態で事態の進展のないまま昼近くになり、大型車両の通行規制時間を迎えたため、馬場副支店長、上野部長、前田総務課長らが、原告に対しては従業員の生命身体に危険を感ずるような仕事はできない、車両の導入は原告の方でやつてくれなどと話す一方、立会つていた都議会議員、区議会議員、住民側の弁護士らを交えて住民側と当面の収拾策について交渉した。住民側は、既にこの日までに被告会社に赴き、住民と原告との話合いがつくまでは被告が工事をしないよう要求していた(証人中村仙造の証言による。)が、この場でも同様の要求をし、被告会社がこれを約束するならば車両の退出についても妨害しないとし、被告側は住民の実力行使による妨害がある限り工事はできず、これは結果的には原告との話合いがつくまで被告は工事しないことを意味する旨の回答をし(この旨の回答をしたことは被告の自認するところである。)、また、このまま工事を中断したのでは被告会社に対しても施主たる原告に対しても申し訳が立たないとして、被告側に工事中断の責任がない旨の書面を差入れるよう求め、前田総務課長がその場で原案を起案して双方確認の上、「一、冨士工は、その工事中に付近住民の家屋に直接生じた損害については一切責任をもつて解決する件、従来からの発言があつたことを認めます。二、五月一日以降施主折原義人が我々との話合いに応じないため、工事が止つていますが、冨士工には一切関係がないことを認めます。」との、住民九人の署名指印のある書面を提出させた。この書面の作成、提出に至る住民側との交渉には原告は関与していない。

同日、立会いの議員らから、三日間工事を休んでその間住民らと原告側が話合うことが提案され、原、被告ともこれを受入れて同日の紛争が収束された。

18  ところで、住民側が東京都、大田区等に対し議員を通じて本件紛争に関する陳情、要請行動をとつていたことは前記(9)のとおりであるが、更に住民らは、戦術の一つとして、被告会社がかねて大田区の指名業者として数多くの区の建設工事を請負つてきたことに着目し、区議会の質疑等により指名業者から外すよう圧力をかけることとし、その旨被告会社にも伝えてあつた(証人中村仙造の証言による。)。折りしも右紛争当日の五月二一日、大田区議会において、住民らの要請を受けていた織田議員が、本件工事に関する住民との紛争を質問に取り上げ、従業員が住民に暴行を加えてけがをさせるような業者は区の指名業者の資格はないから区長の裁量により指名を外すべきであると迫つた。区長は、「ここで指名を外すとは答えかねる。」旨答弁した。また、同日住民らは、後藤善幸を代表として松原議員の紹介により、本件工事につき、「区議会の力で公害を引起こさないよう建築主と地域住民との間で双方が納得のいく協定ができるよう指導され、結論を得るまでは工事再開とならないよう御処置御高配を賜るよう請願する」旨の請願をした。この請願は、後に大田区議会で採択され、同年一二月九日付けで後藤善幸あて通知された。

被告会社には、右五月二一日前後において、右の質疑の件及び住民からの議員らに対する陳情、要請、議員からの区長等に対する陳情、苦情等の動きに関する情報が伝えられており、区長に対する実情の証明書の提出が求められていたのであり、もともと大田区を会社の発祥地とし、その代表者はかねて当時の大田区長と知己であり、大田区の建設事業を数多く手がけてきた被告会社として、これらの動きのために実際に区の指名業者から外されることはないにしても、これらの動きが相当の打撃となつたことは推認するに難くない。

19  五月二四日、東京都庁において、住民代表の後藤善幸以下七人と原告及び被告会社の上野部長との間で第五回目の話合いが行われた。住民側の陳情を受けた山崎都議会議員(共産党所属)及び原告側の陳情を受けた醍醐、大山両都議会議員(自民党所属)が立会つた。都の担当課長は、本件土地が準工業地域にあり、環状八号線拡幅工事により北側道路が拡幅されること、日照被害は少ないことなどを指摘して工事中止命令は出せないから双方で話合い、被害の補償はするよう従来と同様の指導をし、原告からは、営業補償はするつもりでありその旨の念書を差入れたが返却されたこと、日照に関する補償として共立大田診療所に二〇万円、栗田に一〇万円、中村及び後藤に各五万円、乙女荘に三万円を支払う用意があり、その旨住民側に伝えてあることを述べた。住民側からは、営業補償について具体的に触れないことの不満と、工事による被害については被告が確約しているからよいが、支援者約五〇人への礼金の必要もあり、日照の補償として右の合計四〇万円では少ないことのほか、建物の高さと位置の変更の要求が繰り返された。原告側の都議会議員から一〇階建は動かせないであろうが、日照の補償額として一〇〇万円とか一二〇万円を考えるよう原告に勧告があり、原告も上乗せに応ずる意向を示した。被告は、この段階では住民との話合いが煮詰つていないと考えられるとして直ちに工事を進めることはできないとの意向を示した。原告は更に同日夜に話合いの続行を求めたが、具体性がないとして後藤に拒否された。

都庁での話合いの後、原告は被告会社に赴き工事の進行を求めた。これに対し、上野工事部長らは、補償の金額問題ではなく、原告に対する住民の感情問題の解決が先決であるとして工事の進行を渋り、予想しなかつた住民の反対運動に遭い損害を受けたとして原告に金二〇〇万円の負担を求め、原告は仕事の成果を見た上で話合いたいとして物別れとなつた。

20  五月二六日、原告は、住民の排除は自分達家族でやるとの意気込みを示して被告に工事の督促をし、被告はパイル車とレッカー車を現場付近に進め、原告父子が誘導を試みたが、住民ら六〇人以上の抵抗に遭い、車両の運転手も進入しようとせず、前記争いのない事実のとおり失敗に終つた。この間被告の従業員らは住民の排除に手を出さず、住民らと原告父子とのやりとりを傍観していた。

同日上野部長らは原告に対し住民との話合いをするよう求め、この状況下での工事の遅延による経費は原告の負担となるとし、杭打機デルマックの損料がかさむので一時解体して引上げたいと申入れをした。原告は、杭打機の引上げは住民に工事断念の姿勢を示すことになるとして反対したが、住民の説得に協力するともいわれ、やむなくこれに同意した。

同日夕刻、被告会社の菊地は、上司に命ぜられて、原告あて「貴殿の申出によれば妨害は貴殿が責任をもつて排除するとのことですので二六日から工事を開始します。なお今までも態勢を整えて現場に臨んでも中止のやむなきに至りました。今回も前回同様の結果になりませんようお願いいたします。」との被告会社名の書面を作成し、原告に告げて工事現場に差置いた。右菊地自身、原告父子の力で住民の妨害を排除することはとうてい無理であると見ていた。

翌五月二七日、被告が杭打機のみならず、パイル、足場等をも引上げようとしたため、原告は、前日の約束に反し現場逃亡になるとして杭打機の前に座り込むなどして引上げに抵抗したが、被告から損料二〇〇万円の負担を求められたためやむなく杭打機のみの搬出に同意し、被告は五月二八日杭打機を搬出し、二九日にかけて現場の整理整とんをして引上げた。

更に被告は、同月二八日付け内容証明郵便により原告に対し、「一日も早く住民との円満な解決をされた上正常な形で工事を進めたいので、右解決に鋭意努めてください。なお工期は現在のままでは契約どおり完成しませんので、再開の時に協議の上定めたい」旨を通知した。

21  五月二八日の被告の現場引上げ後、原告は被告に対し再三工事の再開と被告が主体となつて住民対策を行うよう求め、住民及び被告との間の事態の解決について他の業者、法律家、与野党の国会議員等に求意見、陳情、交渉などを重ねたほか、昭和四六年八月二日には、自ら後藤ほか一〇人の住民と交渉し、牧野ガラス店の地境と本件ビルとの間隔を四〇センチメートルから五〇センチメートルに手直しをし、日照問題の補償額として総額一五〇万円を提供する案を提示し、建物の高さと位置の変更は容赦願いたいと申出たが、後藤らはとり合わず、依然として階数の削減を要求した。

他方、被告は、住民との紛争解決について技術的な側面からの協力はするが、紛争は原告において解決すべきであり、建築が合法的なものであつても住民感情を無視して工事を強行すべきでなく、また、本件の紛争は住民の原告に対する日頃からの不信感が嵩じて実力阻止に出ているのであり、従業員を危険な目に遭わせ火中の栗を拾つてまで工事を完成させるのは無理であるとの考えから、原告において住民との紛争を解決するよう求め、同年六月一八日及び八月三一日付けで原告あてその旨の書面を発した。そして、この間、原告と被告の担当者間では、工事の設計変更による追加請負代金額、工事遅延による損害の処理などについてやりとりがあつた。

また、被告は、住民の意向確認のため同年暮頃まで前田総務課長らが何回か住民らと独自に接触して依然として住民らに建築反対の意向が強いことを確認したが、その結果に基づいて原告に具体的解決策を助言するとか、住民に対し独自に解決案を提示することはなかつた。

22  被告は、昭和四七年一月一二日原告に対し、住民側と原告が話合う以外に解決の方法がないので、二月一日までに話合いで解決されたく、それまでに解決されない場合は受領した金二五〇〇万円(このほか裏契約金の五〇〇万円が既に被告に支払われていたが、これを除いた金額である。甲第四ないし第一〇号証、同第一五号証の一参照)について出来高により精算して二月一日に一応返還したい旨の書簡を発し、これを受けて原告は被告に対し、同年二月二日付け同月四日配達の内容証明郵便により工事の中断引上げは被告の責任によるものと反論した上、被告が本件契約の信頼関係を破壊したため履行を期待できなくなつたとして本件契約を解除し、前渡金三〇〇〇万円の返還を求めた(右原告の意思表示とその後被告が契約解除を承諾した経緯については、当事者間に争いのない事実三の12参照)。

以上のとおり認められる。<証拠判断省略>

二<証拠>によれば、その後の経過につき次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  原告は本件契約の解除通知発出後の昭和四七年三月頃、弁護士を代理人として後藤善幸外一一名の住民を債務者として、東京地方裁判所に本件ビルの建築工事妨害禁止等仮処分命令の申請をしたが、同裁判所は昭和四八年五月右申請を却下する決定をした。右決定書によれば、同裁判所は、「本件建物の建築工事にあたり、本件建物の縄張り測量をしたところ、本件建物の一部分が本件土地を越えて隣地にはみ出すことが判明し、債権者は右建築確認を得た建築計画を敷地の移動と道路斜線制限との関係で変更しなければならなくなつたこと、債権者は右変更をめぐつて東京都と折衝したこと、債権者は東京都が進めている新しい地域地区の指定による規準を考慮して本件建物の建築計画を変更することを考え、既に株式会社葺建築設計事務所に依頼して新たな建物の設計図面を用意し、右建物につき建築確認申請をなすことを前提に昭和四八年二月一六日大田区に対して右建物の建築確認申請上必要な指示事項についてその指示を求めている」等の事実を認定した上、原告は本件建物の建築を断念したのであるから、本件建物の建築を前提とする仮処分申請はその前提を欠き、また新たに建築を計画している建物についてはいまだ建築確認がなされていないから、これを理由とする主張もまた理由がない旨判示している。

右仮処分事故係属中、住民らが裁判所に提出した建築反対の趣旨の陳述書等の疎明資料には、日照、風害、営業損害等々の問題のほか、原告が町会に非協力的である、かつて原告の旧工場からの失火の際、近隣に挨拶がなかつた、自己の利益だけを考える自己本位の人である等々原告に対する感情的不信が表明されており、当時本件現場付近には原告の人格攻撃にわたるビラが貼られたりした。

2  原告は、昭和四六年夏頃以降昭和四七年二月の前記契約解除通知を経て右仮処分決定の前後に至る間、他の業者により建築を完成させるべく、改めて複数の業者と工事の設計管理、施工等について折衝した。昭和四七年頃にも住民と接触した上原告に対して五階建の建築を勧める業者もあつたが、原告はなお一〇階建の建築に固執し、昭和四七年八月一一日葺建築設計事務所との間で一〇階建を前提とした設計管理委託契約を結び、同事務所は新たに一〇階建の設計図を完成して建築確認を得たが、近隣住民運動対策につき同事務所の専務取締役が協力する条件で契約されていたところ同事務所では住民の同意が得られないとして右契約は合意解除され、この計画は実現しなかつた。

3  仮処分決定後も原告はなお一〇階建ないしそれに近い経済性のある建物の建築を期待していたが、住民は一〇階反対の姿勢を変えず、また昭和四六年一一月には本件紛争について住民らを支援していた(甲第六一号証の二等)「建築公害対策城南連絡協議会」が大田区議会に提出していた建築確認に住民の同意書承諾書の添付を求める請願を同区議会が採択し、また昭和四七年七月頃以降には大田区から一〇メートル以上の中高層建築物について、紛争防止のため施工主に対し事前に付近住民への計画説明や交渉をすることなどを約束する誓約書を区に提出することを求める指導基準が発表されるなど、建築に関する規制が厳しくなる時期を迎えていた。そこで原告は、昭和五二年頃に至り階数を大幅に削減して建築することもやむなしと決断し、昭和五二年一〇月二七日株式会社小高研究所との間で設計管理委託契約を結び(後に戸田建築設計事務所がこれを引継いだ。)、その設計管理により昭和五四年四月一二日長谷部建設株式会社との間で工事請負契約を結び、昭和五五年に至り、別紙第三、第四物件目録記載の四階建の住宅及び工場を完成させた(なお、敷地は、本件土地よりも更に多くの土地を使つている。)。

原告は右工事の前に住民側に対し、前記仮処分事件に住民側が対応を余儀なくされた「迷惑料」、眺望、プライバシー阻害の「すだれ料」、建築「承諾料」等の名義で合計金六七〇万円(他に業者支払分約七〇万円)を支払い、更に住民に対しては損害賠償の請求をしないことを約束してようやく建築の承諾を取りつけた。

第三被告の債務不履行

一特約の存否

1  本件契約の契約書に添付された日本建築学会等四会連合協定による工事請負契約約款一五条一項には、「施工のため、第三者の生命・身体に危害を及ぼし、財産などに損害を与えたとき、または第三者との間に紛議を生じたときは、乙(請負者)がその処理解決にあたる」との文言が記載されていることは当事者間に争いがない。

2  原告は、右条項に合わせて、本件建築に関し日照問題が発生する余地のないことを被告は原告に保証し、万一右問題が発生しても被告がこれを解決する旨の特約があつた旨主張する(請求原因2の(七)、4の(一))。

そこで判断するに、<証拠>中には、本件契約の際、被告会社の落合支店長が原告に対し、①「近隣にいろいろな迷惑とかは一切起こらないいい土地である。仮にあつてもそんなものは解決できるから」と述べたので設計、施工も含めた契約を結んだ旨、②「施主はうしろで控えていてお金さえ出せば完全なものを作つてあげる」と述べた旨また、③原告が被告関係者に「公害問題などで支障ないかをしつこく尋ねたのでありますが冨士工側は現場を看てこの場所なら日照の問題も何もない、ここがそんな事で建てられないなら東京都内で建てられる場所はないと言つて、一切を冨士工に任せろ、施主さんは冨士工の云うなりに動いてくれればよいというので安心して契約した」旨、更に、住民の動向を心配した原告が昭和四六年四月一五日頃落合支店長に杭打ちの催促をしたのに対し、落合が「一向に心配することないから安心してくれといつた」旨の供述ないし記載部分がある。

しかしながら、<証拠>によれば、前認定のとおり、被告会社としても本件土地の立地条件等から近隣等と日照等をめぐる紛争が生じることはおよそ予想していなかつたことが認められ、原告本人自身、本件契約当時住民工作とか日照問題については特別に考えていなかつたというのであるから、これらの事実及び前認定の紛争の経過に照らし、右③の記載は信用できず、右①、②及び④の供述ないし記載によつてはいまだ原告主張の特約の存在を認めるには足らず、他にこれを認めるべき証拠はない。

3  次に原告は、前記約款にいう被告の紛議解決義務の中には日照紛争を含む各種紛争の解決義務が含まれると解すべきであると主張する(請求原因4(一)、(三))。

<証拠>によれば、被告としては右条項は請負者の工事の施工による直接損害、すなわち工事の施工による騒音、振動、粉塵等により、又は工事施工上の不注意により第三者の生命、身体、財産等に損害を与えたとき、あるいはそれらの加害行為に関して第三者との間に紛争が生じた場合の請負者の責任を定めたものと理解して、本件において原告及び住民らに対処してきたことが認められる。しかし、建築工事をめぐる第三者との紛争には種々の態様、性質のものがあり、またその解決についても折衝等の手続面と、補償費用等の負担のいわば実質面の両面があるところ、甲第四号証の右約款一五条一項但書には注文者の協力義務条項が、同条二項には注文者の費用負担に関する条項がそれぞれ置かれていることに鑑みると、右のような工事の直接損害については、通常は請負者たる被告の手続面実質面の負担において処理解決すべきであるとしても、右条項がそれのみに限られると解するのは相当でないのみならず、事案によつては、注文者の協力ないし費用負担において解決すべき場合があることも否定できない。

しかし、更に進んで、紛争の性質、内容によつては、注文者自らが、独自に、又は請負者の協力を得て右の手続面、実質面の処理、解決をすべき場合があることは容易に考えられるところであり、結局、右の条項が、一般的、当然に、日照紛争を含むあらゆる紛争を被告において処理解決すべき趣旨を含むと解すべきであるとする原告の主張は失当というほかはない。具体的紛争の処理解決の責任が請負者にあるか、注文者にあるか、双方の協力義務があるか、またその費用をいずれが負担すべきかは、当該紛争の性質内容と契約の趣旨に応じて判断するほかはない。

二被告の行為

1  日照紛争の処理解決

(一) 前認定の住民らとの紛争の経緯に照らせば、住民らの諸々の要求のうち、本件工事に伴う振動等による家屋の損傷等の損害については、被告がその原状回復を確約したことにより、遅くとも昭和四六年五月二一日の時点では住民らはこれを納得し、問題は、原告に対する感情的反発をも含めて、日照問題と営業補償問題を中心に建物の階数と位置を変更せよという原告に対する要求の形をとつていたのであり、右の問題の性質上、施主たる原告の経済的負担と判断なしに対応できる筋合いのものではない。もとより、住民らとの本件紛争は、日照問題と営業補償問題が独立して取上げられていたのではなく、工事の直接損害を含めた諸々の苦情、反対から出発し、当初から原告及び被告会社の担当者が協力しつつ対応してきたのであるが、前記住民との話合いの経過に鑑みれば、少なくとも建物の階数削減、位置の変更につながる日照問題については、被告の協力を得る必要があることは別として、原告自身が前記手続面、実質面の処理解決に当たるほかはなかつたといわざるを得ない。現に、原告自身、少なくとも五月二一日頃までは被告担当者と共に住民らに対応しつつ、建物の階数、位置については計画を変更できない旨回答し、また営業補償の金額提示を行うなどして主体的に解決に努力していたのであるから、右の問題について被告が処理解決できなかつたことをもつて、被告の債務不履行と認めることはできない。

なお、原告は、日照問題の起こらぬような設計をすべきであつたとも主張するが、<証拠>からも認められるように、設計図そのものは原告の建築費用等と収益の採算を検討の上で作成されたものであり、原告自身一〇階建に強い執着を持つていたこと前認定のとおりであるから、右の主張も認めるに足りない。

(二) ところで、<証拠>並びに前認定の紛争の経緯によれば、住民らとの原、被告の第一回目の話合い以降日照問題が住民らの大きな関心事の一つであり、遅くとも昭和四六年五月一二日の話合いの段階では日照図についての知識を持つていた住民側からその提出を求められていたこと、これに対し被告側では、当時まだ高層建築についても日照図の作成、検討、説明が一般化しておらず、被告会社でもその経験がなかつたこともあり、かつまた、前記のとおり本件土地の立地条件等から日照について近隣に大きな迷惑をかけることはあるまいと判断していたことから、「当社は日照図を出したことはない」と応答するのみで、その後原告からも被告に日照図の作成を求めたにもかかわらず、同年五月二八日の工事中断、引上げに至るまで日照図を作成して原告又は住民側に提出したり説明したりすることはなかつたことが認められ(乙第一六号証の七〇によれば、同年六月二一日に被告から大田区役所に日影図を持参したことは認められる)、右認定に反する証拠はない。

前認定の住民との紛争の経緯に照らせば、日照図、日影図を住民側に示して説明したからといつて本件紛争が早期に解決されたことはにわかに期待できないが、住民らの反対、要求の真意が奈辺にあれ、少なくとも日照被害を問題とし、図面の提出を求めている以上、施主及び請負人としては日影図を作成して住民らの要求の当否を確認し、これに基づいて冷静に説得に当たり話合いの糸口を見出すのが折衝の常道であり、本件では原告の住民らとの話合いに協力して被告においてこれを作成し、住民らに説明すべき請負契約に基づく信義則上の義務があつたというべきである。現に、日影図を作成してみれば、前認定のとおり東西の隣家にも朝日、夕日のある程度の阻害があり、北側の診療所には環状八号線の拡幅による移転までの間は少なくともかなりの日照阻害があつたのであり、このことは被告として予測できたといわなければならない。右の各証拠によれば、被告が現場を引上げた後の原告と住民らとの折衝においては日照図を示しての説得が行われており、その後の仮処分申請事件でも前認定のとおり日照阻害に関する資料が原告側から提出された経緯に照らしても、単に当時日照問題が社会問題となり始めたばかりで日照図を作成した経験がなかつたとか、原告が一〇階建に固執していたからといつて、漫然と住民らに受忍を求めることで足るものではない。この点は、後記被告の他の行為と合わせて評価することとする。

2  被告の工事中断

前認定の住民らとの紛争の経緯に照らせば、住民らとの話合いがつかない限り、昭和四六年五月一七日、一九日、及び二一日のような実力行使を伴う住民らの抵抗、反対が繰り返されたことは必至であつたと認められ、かつ、原告も、不本意ながらも住民らとの話合いがつくまで工事の中断に同意したことが認められるから、その後契約解除に至るまで住民との話合いがつかないまま被告が工事を再開しないこと自体に被告の債務不履行を認めることはできない。

3  栗田方粉塵問題

被告が旧工場取壊し工事の際の不手際から、栗田方に土ぼこりを飛込ませたことは前認定のとおりであるが、この件は、前記認定によれば、後に住民側から本件工事による実害発生の一例として指摘されたことはあつたものの、被告担当者及び原告の適切な対応により独自に収拾されたと認められる。

原告本人の供述によれば、栗田は本件の反対運動の中心の一人であり、その後も原告が提供したベニヤ板を突き返されたり、後年昭和五四年頃の住民との最終合意の際には、栗田及びその関係者に対し塀の設置費用、工事承諾料等の名義で少なくとも二〇万円の出費を余儀なくされるなど、原告は同人に特に気遣いをさせられたことが認められるが、前認定の紛争の経緯と、<証拠>によれば、住民らの反対は他地域の支援者等が話合いの表面に出てきた昭和四六年五月一二日頃以降次第に激化し、近隣住民の要求を具体的に話合うというよりも、理不尽ともいえる反対に転化して行つたことが認められ、その後昭和五四年に至るまで工事に着手できなかつた前記経緯に照らしても、右栗田方への土ぼこりの件が、原告主張のように住民らの反対運動に火をつける原因となつたことまでは認めるに足りない。

4  仮処分等の妨害排除措置

<証拠>によれば、被告会社では、落合支店長、馬場副支店長ら幹部を中心に、弁護士をも交えて住民らに対する工事妨害排除の仮処分申請の是非を検討したが、付近住民のみなならず他地域の支援者を含む不特定多数人を相手として仮処分が有効な妨害排除手段となりうるかどうかに問題があるのみならず、被告としては、住民らの反対の真の原因が原告に対する感情問題にあるという見方から、仮処分申請によりかえつて住民らを刺激して反対をあおることになる危険等を考え、仮処分申請はしないことにしたことが認められる。

また、<証拠>によれば、原告は昭和四六年五月一九日の本件工事現場において、来場していた被告代表者から仮処分という方法があると聞かされ、検討しようという話があつたこと、被告が本件工事を中断した後同年五月三一日、原告は被告会社の菊地に対し、今後二か月間住民代表の後藤と話合い、それで解決できなければ仮処分を考えたいので被告の協力を得たい旨申出たこと、その段階では、原告としては自ら話合いによる解決を期待しむしろ仮処分は見合わせて欲しいと考え、被告関係者にもその意向を伝えてあつたこと、右の原告の申出に対し菊地は、道路上に並ぶだけの多数の者に対し仮処分は出しにくく、執行もむづかしい等の問題があるなどと話したことが認められる。

被告会社の右検討経過と原告の右の意向及び前記紛争の経過に照らせば、被告が仮処分申請をしなかつたことにはそれなりの理由があつたというべきであり、原告本人が供述するように仮処分の効用等について原告が当時十分な知識を持たず、被告が原告との間で仮処分申請の是非について突込んだ相談をしなかつたきらいがあるとしても、右申請をしなかつたことをもつて本件請負契約上の義務に反するとはいえない。

5  念書密約問題等

(一) <証拠>によれば、原告は、被告が昭和四六年五月二一日本件現場での紛争を収拾する際、住民らから本件紛争について被告は責任がない旨の書面を受取つた見返りとして、住民らに対し、原告と住民らとの間の話合いがつくまでは被告としては工事に着手しない旨の文書を原告に無断で住民らに差入れたことを住民等から聞いたというのであり、これによつて原告側が被告に対する不信感を高めたことが認められる。

しかしながら、原告本人も右の文書そのものを現認したことはないと述べており、<証拠>に照らし、右の供述ないし記載によつてはそのような文書が被告から住民らに差入れられたことを認めるには足りない。

(二) もつとも、<証拠>と前認定の紛争の経過を総合すれば、被告は住民らの反対が激しくなつた昭和四六年五月一二日頃以降、住民らとの本件紛争の真の原因は原告に対する住民の感情問題にあり、これを原告において解決するのが先決であつて、特に原告から督励されて工事を再開した六月一七日以降の状況からも、住民らの実力行使による抵抗を排除してまで工事を強行するのは適当でないと判断していたのであり、五月二一日の現場の収拾及びその前後の住民らとの接触の際、住民と原告との話合いがつくまでは被告としては工事ができない、工事をしない、との言質を住民らに与えていたことを優に認めることができ(この点は、おおむね被告の自認しているところである。前記第二の一の17参照)、右認定に反する証拠はない。

(三)  ところで、建築の設計施工の請負契約の履行において、第三者の妨害等の紛争が生じた時は、請負者は、いやしくもその第三者を利するような行為をしてはならないことはもとより、自らこれを処理解決できない場合であつても、注文者に協力してその解決に努力し、自らの債務である仕事の完成を期すべき信義則上の義務があるというべきである。

本件において、住民らとの紛争の処理解決が最終的には原告の対応と判断にかかる性質のものであつたこと、及び住民らの抵抗、反対が強まるにつれ被告側が原告に対しこのままでは工事を強行することはできず、住民らとの紛争は原告において解決するよう申し入れていたことは前認定のとおりであるが、他方、右(二)のように住民らに言質を与え、前記第二の一の17のとおり住民らから被告免責の文書を徴するについて、被告が原告の同意、了解を得たことを認めるべき証拠はないのであり、次の諸点と合わせて、被告の行為は、本件請負契約の当事者間に信義則上求められる義務に違背し、又はなすべきを行わなかつたものというべきである。

①  五月二六日の本件現場においては、前認定のとおり、原告が率先工事続行への意気込みを示して住民の排除と車両の導入を引受けたとはいえ、また住民の抵抗の状況から工事を再開すれば従前と同様の混乱を招くおそれがあつたとはいえ、被告側は、原告父子の力では排除、導入が無理であることを承知しながらそのなすに任せ、従業員、幹部職員らはその場に居て傍観していたこと。

②  前記紛争の経緯から見れば住民らの反対の根底に原告に対する感情的反発があつたことは否定できず、階数の削減と位置の変更については住民らと原告の意向が真向から対立していたことは事実であるが、他面、他地域の支援者が介入し、都や区長、区議会まで巻き込んだ反対運動となつていたのであるから、単なる感情問題といえないことは明らかである。しかるに、感情問題の解決が先決であるとしてその処理を原告のみに任せようとした被告の判断と措置は適切とはいえないこと。特に、五月二四日の東京都庁での話合いにおいて都議会議員のあつせんもあり、具体的補償金額が話題となつたにもかかわらず、同日の原告との話合いにおいては、補償額の問題でなく感情問題の解決が先決というのみであり(前記第二の一の19)、またその後被告会社は前記のとおり独自に住民と接触することはあつたものの、原告に対して紛争の打開について助言なり具体的対策の相談をしていないこと。

③  前掲(二)の各証拠によれば、昭和四六年一二月頃被告会社の前田総務課長が住民と接触した際にも、原告と相談もなく、「本件の現状に照らして住民の意思に反して建築の着手は不可能である」旨の言質を与え、かつ、住民らに対し、仮に原告が被告との契約を解約した場合の被告保管の設計図面の引渡し問題にまで言及したことが認められるのであり、被告のこれらの対応により住民らが当面の安心を得、住民らをして、施主たる原告に焦点を合わせた工事反対運動の対策を立てやすくしたことは推認するに難くないこと。

④  前認定のとおり、原告とともに住民らに対応した間において、住民ら及び原告の求めた日照図を作成し、説明することがなかつたこと。

(四) もつとも、<証拠>によれば、被告は、昭和四六年五月二八日の本件工事中止後も下請業者に工事資材等の見積書を提出させ、一部工事を納期は未確定のまま発注するなどして工場の再開に備える一方、原告には住民との話合いを進めるよう求めていたことが認められる。

また、<証拠>を総合すれば、被告会社が、住民らの反対と、妥協をよしとせずひたすら工事の強行を求める原告の督促と、更には住民らの陳情、要請を受けた東京都、大田区、議員らの動きの中で板挾みとなり、特に昭和四六年五月一二日頃以降本件工事の対応に苦慮したこと、本件住民らとの紛争が長びいたのは原告の対応の硬直さにかなり大きい原因があつたことが窺える。

しかし、これらの事実は、被告の仕事の中止、工事未完成について被告の債務不履行を否定する事情にはなり得るが、第三者との紛争解決について原告に協力すべき被告の義務を否定する事情とはなり得ないというべきである。昭和四六年五月二六日以降被告が原告に発した書面(乙第四、五号証、同第七、八号証)も、注文者と契約関係にある請負者の文書としては自己の立場の保持に熱心であつたことを示すにとどまり、右の義務を尽した証拠とはなり得ない。

6  設計の誤り等

(一) 本件契約に基づき被告が設計し建築確認を得た申請書添付の本件ビルの設計図が、本件土地から隣地に建物の一部がはみ出すようになつていたことは、当事者間に争いがない。

(二) <証拠>によれば、本件契約当時、原告は被告に求められて地主側から入手した測量士作成の本件土地の実測図を、測量士の作成によるものと告げて被告担当者に交付し、被告は右図面に基づき基本設計をし、その設計図を添付した申請書に基づき建築確認を得、昭和四六年四月一四日工事のため縄張りと測量を実施したところ、右実測図に不正確な部分があり、本件土地の南西角牧野ガラス店との地境において右設計図のままでは本件ビルがわずかにはみ出すことが判明したため、その後被告はこの部分の柱用鉄骨及び大梁用鉄骨を二〇センチメートル短縮して対処することとし、その鉄骨材の製作をしたこと、そして前記仮処分決定によれば、その後原告側で右の設計変更のため東京都と折衝したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三) 原告は、右の設計の誤りは工期内又は相当期間内に工事を完成させる可能性を失わせるもので被告の債務不履行に当たると主張するので判断するに、設計をも請負つた被告としては、原告から提供された土地図面のみに依拠して設計すれば足るものではないが、右建築確認申請書添付の設計図は本件ビルの基本設計に当たるものであり、右の程度の瑕疵は請負契約関係が順調に進行する限り、実施設計段階において補正可能なものと考えられる(証人上野繁の証言による。)。

原告本人及び証人折原昭子は、右の設計図上の誤りと鉄骨材を二〇センチメートル短縮することについては被告から告げられていなかつたと供述する。しかし、仮にそうだとしても、右(一)、(二)の事実と<証拠>によれば、縄張りの結果による本件ビルの牧野ガラス店との地境付近の位置が境界から約四〇センチメートルしか離れていないことが住民らとの話合いの問題点の一つになり、原告は、都議会議員の昭和四六年五月二四日段階の勧告を受けて、同年八月二日に独自に住民ら一〇人と会談した際、右の間隔を五〇センチメートルになるように手直しをすることを申出たこと、前記仮処分申請中の昭和四七年八月一一日には、前認定のとおり葺建築設計事務所に別途設計管理を依頼し他の設計図面を作成させたことが認められる。これらの事実と前認定の住民らとの紛争の経過を総合すれば、本件設計図の誤りが直ちに工期遅延等につながる独立の被告の債務不履行となるとは認め難く、甲第一一三号証によつてもこれを認めるに足りず、他に原告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。

なお、原告は、右の設計の誤りが前記仮処分申請却下の理由になつたと主張し、証人折原昭子の証言及び原告本人の供述中にはこれに副う部分があるが、右認定の事実と仮処分決定書の記載を仔細に検討すれば、右仮処分申請却下決定においては、当時原告が本件ビルを当初計画のまま建築することを断念したこと及び新たに計画中の建物についてもまだ確認を得ていないことの二点が却下の理由となつているのであつて、右の原告の断念の理由が設計図の誤りに直接起因するものとは必ずしも判断されていないというべきである。

三被告の責任

1 以上に認定判断したとおり、原告主張の被告の債務不履行の諸態様のうち、工事を続行しなかつたこと、自ら住民との紛争を解決しなかつたこと及び設計の誤りについては、被告に債務不履行の責任はないというべきであるが、紛争解決義務の一環として本件請負契約に基づいてその仕事を完成するため第三者たる住民らの妨害ないし反対を処理解決するにつき信義則上求められる原告への協力義務に反し、これを尽さなかつた点において、被告は債務不履行の責任を免れない。

そして、本件契約の契約書添付の四会連合協定工事請負契約約款二六条二項に請求原因2の(七)の(2)の本文及びハ記載の約定解除権及び損害賠償に関する条項があることについては当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右約款は本件契約の一部をなすものと認められるから、原告は右約定解除権を行使することができる。

2  被告は、被告に帰責事由がないと主張し、また被告において債務の履行を提供したのに原告において住民の妨害を排除できず、被告の債務の履行の受領を遅滞したと主張する。

本件工事ができなかつた直接の原因が住民らの反対、妨害にあり、工事をしなかつた点に被告の債務不履行責任があるとはいえないことは前記のとおりであるが、被告においても住民の妨害、反対運動の処理につき原告に協力すべき義務があり、被告がこれに反し又はこの義務を尽していないこと前認定のとおりであるから、右の被告の主張は採用できない。

四本件契約の解除

原告が昭和四七年二月二日付け同月四日到達の内容証明郵便により被告に対し本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、<証拠>並びに前認定の紛争の経過によれば、原告は、昭和四六年六月一一日被告に対し書面により四日以内に工事の再開を求めたほか、その後も再三住民との紛争解決についての被告の協力と工事の再開を求めていたことが認められるから、右解除の意思表示の前提をなす履行の催告はあつたものと認めるべきである。被告の合意解除の主張は採用できない。

第四過払金の清算

一前記四会連合協定工事請負契約約款二八条及び二八条二項に請求原因2の(七)の(3)記載のとおりの工事代金の清算に関する条項があること、原告が被告に対し本件請負代金として金三〇〇〇万円を支払つたこと、本件ビルの設計費が金二九一万三三一九円であつたこと、被告が原告に対し昭和四七年二日二七日到達の書面により本件契約解除に至るまでに被告の支出した経費として合計金一七〇七万九六一円を差引き、残金一二九二万九〇三九円を返還する旨通告し右金員を供託したこと、原告が右供託金の還付を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二1  <証拠>によれば、原告と被告間で本件契約解除前の昭和四六年一二月二三日頃から昭和四七年一月にかけて本件工事代金の清算について話合つたこと、本件契約解除後の昭和四七年六月原告は一級建築士泉宏に本件工事出来高の査定を依頼し、同人は本件工事の実施設計図、見積明細書工事進行状況現場写真及び現場調査の結果に基づき、設計料を除く工事出来高を顕在的出来高一七一万三〇〇〇円、潜在的出来高一五二万三〇〇〇円、合計金三二三万六〇〇〇円と査定したことが認められる。

他方、<証拠>によれば、被告が前記のとおり原告に対し被告の支出経費として通告した金一七〇七万九六一円は、鉄骨工事等外注製作費、住民の妨害に伴う社員経費、杭打機損料、櫓運搬組立解体経費等を含めて計上した被告作成の清算書によつたものであることが認められる。

両者の積算を対比すると、単価等の相違を別として、少なくとも原告側の査定(甲第二三号証)では工事中絶による撤去費用及び下請関係の予想発注費を含んでいないのに対し、被告側の清算書(乙第二一号証)ではこれらを計上していることが明らかである。

2  前認定の住民との紛争の経過及び被告の本件債務不履行の内容に照らせば、被告が下請業者等に発注して現実に出費し又は出費を必要とする経費、工事中断に伴い要した機械等の撤去費用も、本件契約解除に伴う清算において相当金額内で被告は工事代金から控除して差支えないというべきであり、その他原告主張の各経費の積算の適否についてはその立証が足りないというべきであるから、結局原告の過払金の請求はこれを認めるに足りないというべきである。

第五損害

一1  原告は、被告の債務不履行により受けた損害として次のとおり請求している。

① 昭和五四年に至り新たに請負工事契約を締結したことについての工事代金の値上りによる損害

② 昭和五二年に新たに支払つた建築設計管理料

③ 昭和四七年三月完成予定の本件ビルから得べかりし家賃収入

④ 原告が代表者をしている大田機械の旧工場を取壊し新工場の完成が遅れたために受けた損害を補填するため原告が同社に支払つた補償金

⑤ 被告の債務不履行による慰謝料

⑥ 前記仮処分申請及び本件訴訟の弁護士費用

2  本件における被告の債務不履行は、住民の反対、妨害の処理につき原告に協力すべき義務に反し又は欠けるところがあつた点にある。

ところで、上来認定の住民らとの紛争の経過、及び本件契約解除後も昭和五四年に至るまで住民らとの紛争が解決できず、結局四階建の建築に終つた経緯に照らせば、先に認定した被告の債務不履行(原告不知の間の住民に対する言質の付与等と住民からの免責書面の徴取、現場における傍観、具体的助言、住民対応の協力の不足、日照図の不提供)がなかつたとしても、それにより住民らとの紛争の局面に変化があつたにせよ、本件ビルが契約通り一〇階建で契約期間ないし相当期間内に完成したであろうとの心証を抱くことはできず、これを認めるに足る証拠もない。

してみれば、原告が右①ないし⑥により相当の損害を受けたにしても、慰謝料を除く右①ないし④については被告の債務不履行との因果関係を認めるに由ないものであり、⑥の弁護士費用のうち住民らに対する仮処分申請の弁護士費用は、もともと原告が負担すべき費用であるのみならず、被告の債務不履行がなかつたとしても右の仮処分の申請ないし弁護士費用の支出が不要であつたともいえないから、被告の債務不履行と相当因果関係のある損害であるとはいえない。更に、本件訴訟に関する弁護士費用についても、右被告の債務不履行の態様、違法性の程度に照らし、これと相当因果関係のある損害と認めることはできない。従つて、これらの損害の賠償を求める部分は、その余の判断を加えるまでもなく理由がない。

二原告が、住民らとの紛争の処理解決について被告の適切な協力が得られなかつたのみならず、被告が原告不知の間に住民側を利することになるような対応をしたことを聞知して多大の精神的打撃を受けたであろうことは上来認定の事実から十分推認できるところであり、また、被告が住民との対応につき原告に適切な協力をして最善を尽したならば、契約どおり一〇階建の本件ビルが完成したとはいえないまでも、住民らとの紛争解決の時期ないし建築規模において実際の結果よりもいま少し原告にとつて有利な結果を得る可能性がなかつたとはいえず、この点に原告の大きな不満と精神的打撃が存するのみならず、被告のこの点の債務不履行により原告に何らかの財産的損害が生じたことも推認するに難くないが、この財産的損害については、前認定の住民らとの紛争の経緯に照らしこれを金銭に評価することが著しく困難であると認められるので、この事情も、本件慰藉料の算定に当たつて考慮すべきものと考える。

そこで、これらの事実と、本件契約締結以降の被告の原告及び住民らとの対応の経緯、本件紛争の経過、並びに原告の住民ら及び被告との対応の経緯について前認定の一切の事情を勘案し、慰謝料は金七〇〇万円をもつて相当と認める。

第六結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、金七〇〇万円の支払いとこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年五月一一日以降支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒井史男 裁判官田中澄夫は転官につき、裁判官後藤眞理子は転補につきいずれも署名押印することができない。裁判長裁判官荒井史男)

別表(一)

一 顕在的出来高 合計一七一万三〇〇〇円

1

杭工事

AHSパイプφ五〇〇

八本

四七万五〇〇〇円

AHSパイプφ三五〇

六本

一八万二〇〇〇円

打手間

八本

一〇万円

2

既存建物解体撤去費

一式

八〇万円

3

諸経費

一式

一五万六〇〇〇円

二 潜在的出来高 合計一五二万三〇〇〇円

1

仮設工事

水盛遣方

一式

七万円

仮図

四万円

防災シート

五万円

工事用電力引込

一〇万円

電力用水費

二万円

測量器具損料

二五〇〇円

雑器具損料

二〇〇〇円

2

杭工事

機械損料(アースドリル等)

六〇万円

3

仮設材搬入費

一式

二〇万円

4

現場雑費

一式

三〇万円

5

諸経費 一〇%

一式

一三万八五〇〇円

別表(二)

純売上高

売上総利益高

昭和四二年度

三六二五万四三四九円

八四一万四五三七円

昭和四三年度

四五七四万九〇七一円

一〇一七万九二四五円

昭和四四年度

五四九二万九六五一円

一二二九万三六九二円

昭和四五年度

四六九七万三九三四円

九三二万四二五九円

四か年平均

四五九七万六七五三円

一〇〇五万三〇〇〇円

別表(三)

純売上高

売上総利益高

昭和四六年度

二八六三万九六〇二円

三六三万六九九七円

昭和四七年度

三〇六六万五二二九円

五五七万九三二九円

昭和四八年度

三六六五万八〇九五円

九〇〇万三五八五円

三か年平均

三一九八万七六四二円

六〇七万三三〇三円

第一物件目録

(一) 東京都大田区萩中二丁目一四九八番

宅地 五〇二・四七平方メートル(実測面積五〇五・八九平方メートル)の内、別紙図面表示イロハニイの各点を順次直線で囲んだ部分約四八二・五〇平方メートル

(二) 同所二丁目一四九九番一

宅地 六〇七・六八平方メートル(実測面積六〇五・〇九平方メートル)の内、別紙図面表示ニハホヘトチリヌニの各点を順次直線で囲んだ部分約五七二・五八平方メートル

第二物件目録

別紙第一物件目録記載(一)、(二)の各土地に跨る鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根塔屋付一〇階建工場兼共同住宅一棟

(床面積)

一階 五二四・七六一平方メートル

二階 二七二・九七〇平方メートル

三階乃至五階 三三六・三一七平方メートル

六階乃至八階 二八〇・三七七平方メートル

九階、一〇階 二三三・二二七平方メートル

屋階 一三・六九六平方メートル

第三物件目録

東京都大田区萩中二丁目一四九八番、一四九九番一、一五〇〇番一の各土地に跨る鉄筋コンクリート造四階建居宅一棟

(床面積)

一階 四七七・五一八平方メートル

二階ないし四階 各四六一・八九四平方メートル

第四物件目録

東京都大田区萩中二丁目一四九八番地所在鉄骨造二階建工場一棟

(床面積)

一階 九八・九六一平方メートル

二階 四九・四〇三平方メートル

書証目録<省略>

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